ご挨拶
会長からのご挨拶               会長 松野 義明


読書の秋
  
猛暑の夏も過ぎ、爽やかな秋となったので、若い頃読んだ本をもう一度読み返してみました。 レフ・トルストイの「戦争と平和」(1869年)です。 ご存じの通り、1805年から1813年にかけてのナポレオンのロシア遠征とそれを迎え撃ったロシア貴族と、 否応なく戦争に駆り出されたロシアの農民たちの物語です。 読み返してみて、新たな疑問が湧いてきました。

第一に、ナポレオンがロシアに侵攻した積極的な動機がはっきりしないのです。 強いて言えばフランス革命を成功させ、近隣諸国に大きな影響力を得たナポレオンのさらなる征服欲が主な動機なのでしょうが、 一人の男の征服欲が何千人の貴族と何十万人の兵士と莫大な資金を動かすことができるものでしょうか。 英雄の知性は欲望を抑制できなかったのでしょうか。

第二に、仏・露両国の将兵は互いに命を賭けて戦うのですが、 ロシア人であるトルストイの文章からは、 それぞれの戦争当事国の兵士たちが自ら納得できる「戦の正当性」という意識を持っていなかったと 読めるか所が多々あります。人間の知性が一時的に鈍化する好例でしょうか。

第三に、1812年の冬、ロシアはモスクワ防戦を諦め、市内に火を放って明け渡たすのですが、 ナポレオン軍は焦土と化したモスクワで食と暖が取れず、やむなく退散します。 ロシアはそれを一切追撃することなく、傍観していました。 積極的な敵意がもともとなかったのでしょうか。

現代でも、地球上の至る所で小規模国際紛争は現実に起きています。 資源奪取のための領土拡張、陰湿な敵対感情、大量破壊兵器の開発など戦争の原因となる要素は いくつも挙げられますが、きわどいバランスで大規模戦争は避けられています。 今後、ますます人間の知性の働きが重要になる時代が来ることでしょう。    (松野 義明)


会員の皆様へのお願い
  
会員の皆さんの日頃のご活躍を会報でお知らせしたいと思います。 演奏会・展覧会・発表会・講演会等の予定をお知らせ下さい。 会報は原則奇数月の第2日曜日発行予定です。 前月の中旬までにメール・郵便のいずれでも結構です。 お待ちしています。


point mark 第44回
Singen wir zusammen
歌で楽しむドイツ語
テーマ Weihnachtslieder
日時 11月20日(日) 15:00〜16:30
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 507 会議室
会費 1,000円

問合せ・申込み 電話またはメールで 0466-28-9150(木原) mail icon

※詳細はこちらをご覧ください。
※これまでに扱った曲目についてはこちらをご覧ください。



point mark 11月例会 講演会
「子供のQOL(Quality of Life)と自己主張−日本とドイツの比較から」

講師 柴田 玲子氏(聖心女子大学文学部心理学科准教授)
著書「こどものQOL尺度、その理解と活用」を編集著作、また、昨年、上記研究内容に関するアンケート調査実施

日時 11月27日(日)14:30〜16:00
会場 湘南アカデミア
会費 1,000円
懇親会 「宗平」 会費 4,500円


point mark 2016年 望年会
美味しい料理とイタリアワインを賞味しつつ、来し方未来を大いに語り合いましょう。会場は協会の貸し切りです。本年の新入会員の皆さん、是非ご参加ください。

日時 12月25日(日)15:00〜17:30
会場 イタリア・レストラン (Portovino)
      電話:0466-26-7885
      JR藤沢駅南口から徒歩5分 ビル・ロコテラス湘南 地下1階
      地図はこちらをご参照ください
会費 5,000円



point mark 第26回
Schwatzerei am Stammtisch
日時 1月10日(火) 15:00〜17:00
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 5階
会費 1,000円


point mark 第45回
Singen wir zusammen
歌で楽しむドイツ語
日時 1月22日(日) 15:00〜16:30
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 5階
会費 1,000円



point mark 1月例会 講演会
「日本の原子力発電のもう一つの道」
日本にこれまでなかったトリウム原子炉について技術の専門家が解り易く解説します

講師 近藤 英樹氏 (技術コンサルタント)
日時 1月29日(日)14:30〜16:00
会場 湘南アカデミア 7階
会費 1,000円
懇親会 「宗平」 会費 4,500円


point mark 第27回
Schwatzerei am Stammtisch
日時 2月17日(金) 15:00〜17:00
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 5階
会費 1,000円


point mark 第46回
Singen wir zusammen
歌で楽しむドイツ語
日時 2月19日(日) 15:00〜16:30
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 5階
会費 1,000円



湘南日独協会会報
(Der Wind)
VOL.18 NO.5 通巻109
発行 2016.11.13
更新 2016.11.17
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TEL: 0466-26-3028
FAX: 0466-27-5091
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「私とドイツ」 (11)

病院体験より


会員 宇多 綾子



ハンブルク市内のWandsbeck駅からStadtbahnに乗ってLandwer 駅で下車5,6分歩くと 緑の木々に囲まれた閑静な場所にその病院は建っていた。
入り口上部にマリア像が置かれたカトリックの病院、Marienkrankenhaus。 ここに何度通ったことだろう・・・。

1965年、ハンブルクでの生活が始まって間もなく私はそこに入院するはめとなった。 特に痛いとか苦しいという病気ではなかったので、不安な気持ちよりもむしろ、 どんな事が待っているのだろうかという好奇心の方が強く、まるでホテルにでも 泊まるような気分でわくわくしたのを憶えている。

病室は清潔でゆったりとした二人部屋。 担当医は英語堪能な長身の好男子で名前はなんとDr. Braeutigam!!〈花婿〉 中年女性患者の憧れのドクターであった。

日本人の患者は珍しがられ、ドクターも看護婦さん達も実に親切で居心地がよく、 ドイツ語辞書を枕もとに置いての会話格闘〈?〉も結構楽しめた。 毎日の病院食は3段重ねの白い陶器の深物に入っていて、じゃが芋のこふき、 茹で野菜、肉か魚のソテー等でおいしく、いつも残したことはなかった。 時におかわりあるよ、といわれるとまた食べたので、Japanerinはよく食べると 評判になっていたようだ。 また、週に一度廊下で体重測定があり、大方のドイツ女性は60kg以上だったので、 大柄な私としては引け目を感じないですんだ。 夕方になると、聖歌隊の人が4,5人廊下で聖歌を歌ってくれた。 見舞客からの花は夜になるとすべて廊下に出す習慣になっていたので、 病院の夜の廊下は正にお花畑と化していた。特別室〈多分お金持ちの婦人〉の前の 廊下にはいつも真っ赤なバラの花が所せましと並んでいてそれは見事な光景だった。

私の当地滞在は4年間だったけれど、事もあろうにその間4回も〈出産時を含めて〉 病院生活を味わうことになったとは前代未聞でしょう。 その度に新しいご婦人と同室になり、片言ながらも会話をして、ドイツ夫人の 物の考え方、生活態度などを垣間見ることが出来たのは貴重な経験であった。 中でも一番最初の入院での同室パートナーはご主人が北ドイツ放送局(NDR) 管弦楽団のコントラバス第一奏者であったことから、ハンブルク市のレベルの高い アマチュアオーケストラを紹介して下さり、退院してから毎週その練習場へ通い ヴァイオリンパートで一緒に練習することができた。 Musikhalleでの2回の演奏会に出演したのも印象深い。 そして様々な素晴らしい想い出作りのきっかけを作っていただいたことは 生涯忘れられない。

この地での生活3年目にしてやっとの思いで授かったかわいい赤ん坊は、 今や40代も半ばを過ぎるおじさんと相成った。


20余年後に病院を訪れた筆者




寄稿

劇場便りその2

ブレーマーハーフェン歌劇場 志賀 トニオ氏

先日10月15日にバレエ”コッペリア”のプレミエがありました。 私が初めてMusikalischer Leiter(音楽監督)を任されました。 今回はその事の意味を、ドイツでの指揮者の伝統の紹介と共に解説したいと思います。

ドイツで指揮者になるにはコレペティトア兼指揮者という立場で仕事を始め、 一段一段階段を登っていかなければなりません。 指揮者!として最初に任される仕事は舞台袖の指揮です。 例えばオペラ”ラ・ボエーム”では2幕の終盤でトランペット、ピッコロ、小太鼓を、 オーケストラピットの音楽監督の指揮を横目で見ながら舞台袖で指揮し始め、 そのまま彼等を導きながら舞台を横切る場面があります。 この場面は指揮の経験の浅い若者にとっては十分な難所となります。

次に与えられるのがミュージカルの指揮。 ミュージカルで難しいのは、場面転換が多い事。 舞台が回転するタイミングを見て、音楽を始めたり、セリフを聞きながら、 音楽を止めたりしなければなりません。 つまり、ここで求められるのは、音楽の内容以前に、段取りをいかに確実に つける事ができるか。 新人指揮者はまずここまでの階段を登りきれるかが大事です。

これを登りきれば次はオペレッタです。 これはミュージカル同様、場面転換が多い上に、音楽的にテンポの変化も多く、 曲によってはオペラ作品よりも指揮をするのが厄介です。

そしてその次に、バレエ作品。 ここで重要なのは毎回ほぼ同じテンポで指揮をする事。 言ってみればテンポ感が試されます。 バレエダンサーはオーケストラの音を聞きながら踊りますから、 毎回違うテンポになってしまっては踊る事ができなくなってしまいます。 私の場合先シーズンまでにここまでの工程を達成しました。

次に与えられる仕事は、オペラもしくは、自分の持ち曲です。 私の場合、後者の持ち曲としてバレエ作品をもらったわけです。 しかし、ここには特別の事情がありました。 通常は初めてもらう持ち曲では、オーケストラの編成が小さく、演奏時間も 短めのものを与えられます。 “コッペリア”は大編成のオーケストラで曲も壮大、伝統的には私のような立場では もらう事の出来ない作品です。 この曲は本来第1カペルマイスターが振る予定だったのです。

しかし、8月から来る予定だった新しい第1カペルマイスターが契約を破棄して その席が空席になったのです。 つまり、運と実力が重なっての大抜擢だったといって良いでしょう。 幸い、オーケストラ、バレエ団、観客、そして新聞の批評も大変好評で、 大成功だったと言って差し支えないでしょう。 この業界は一度失敗すると、やり直す事が難しいですから、ほっとしたというのが 本音です。 "コッペリア"は8公演ありますから、その間にまた多くの経験を積む事が できるのもドイツならではですね。

詳細はこちらを参照下さい



  


今回上演のコッペリアの舞台写真(筆者提供)




寄稿

『ミュンヒェンでのゼロからのドイツ語』

マインツ  長谷川 孔一郎氏


ミュンヒェンでの生活は僕の人生を大きく変えました。 ドイツに行く前までは何をしても並な成績しか残せず、 悪くはないが飛び抜けて良くもない。 そんな自分があまり好きではありませんでした。 でも、ドイツでの生活で気づいたことがあります。 それは不得意な分野を克服するために労力を使うのではなく、 得意分野をさらに伸ばすとかが大切だということ。 今まで何をしても平均的であった自分とは決別し、 「自分の強みを生かそう!他人にはできないことをやろう」と思えるようになった のです。 それから自分に自信が持てるようになり、そんな自分にしてくれたドイツに どっぷりのめり込んでいくこととなります。


ミュンヒェン空港に到着し、まだ五月だったので少し寒かったのを覚えています。 空港の出口には雪に書いたMünchen 2013 「Mr.Hasegawa」と書かれたカードを 持った迎えの人が待っていました。 彼との会話は不思議なことに何も覚えていません。 はっきりしていることは英語での会話ということだけです。 というのもドイツ語は“ゼロ“の状態でしたので。 それは僕がただ単に怠惰だったからではなく、間違ったドイツ語が正しいドイツ語を 学ぶ際に障害となり得るからでした。 それは日本の英語教育と同じでカタカナで発音し、一度覚えてしまったら 本当の発音を学ぶのにより長い時間がかかるといったようなことです。 ゼロからの挑戦は初めの頃は確かに大変でしたが三ヶ月を過ぎた頃にはドイツ語だけで コミュニケーションを取れるようになっていました。

ミュンヒェンでの一年はあっという間に過ぎて行きました。 ホストファミリーにも恵まれ、帰国の際には「日本に帰ってくれるな」とまで 言ってくれました。 語学学校とホームステイ先にも常に僕の他に二人以上留学生がいたので、 世界各地に友達もでき、各地の文化や言葉に触れることができました。

これはとても貴重な経験で旅行では経験し得ないことだと思います。 またいつかどこかで会えたらいいなと思います。

これには渡航前に自分で決めたある二つのルールが奏功したかなと思います。

一つ目は、「自分から日本人を探さない」です。 日本人といると日本語で話してしまう。 これは偏見かもしれませんが日本人は外国で日本人同士でかたまってしまうと いうようなことも聞いていたからです。 僕の今回の留学の目的はドイツ語の習得であって、観光ではなかったからです。 わからないことがあれば現地の人に聞く。 それもドイツ語を使って。一年間の留学と決まっていたので、 なるべく日本語を話さないよう、この短い時間をどのように有効に使えば ドイツ語を早く覚えられるかを常に考えていました。

二つ目は、「誘われたら断らない」です。異国での経験はどんな経験もいい経験。 日本では誘われてもよく断っていました。 しかし、断ることによって一つ、また一つ経験できる機会を失っていることに 気がついたのです。 それは言葉を覚えるためだけではなく、人を知り、町を知り、 そして国を知ることになるのだと。このことを公言していたので、 たくさんの人が僕のことを誘ってくれました。何よりも勉強したドイツ語を その場で使える楽しさがありました。


勉強した分だけ理解でき、伝えることができ、これこそが現地でその言語を学ぶ 醍醐味ではないかと思います。 再び日本の英語教育の話になりますが、授業で勉強した英語を使う機会は少なく、 テストが終わってしまえば忘れてしまう。 これはすごく惜しいと僕は思います。

そしてこの一年で一番大きく感じたのは「ここドイツで本当に何かを学びたい」と いうことでした。この時人生で初めて何かについて「知りたい」と思いました。 それは効率の良さだったり、合理的な考え方、そして何よりも自由に感じたからです。 これが大学進学という次のステップに繋がる第一歩でした。 




会員掲示板

「湘南アカデミア 歴史講座のご案内」

会員 西澤 英男

−ドイツ・オーストリアそしてヨーロッパの新しい発見―

ひょんなきっかけから、現江ノ電沿線新聞社会長吉田克彦さんに勧められ湘南アカデミアでの歴史講座を2003年に担当して早くも13年になります。 いっとき、NHK文化センターでハプスブルク帝国についての講義を2年余り行い、また湘南アカデミアに復帰、現在まで続けて来ている次第です。

その間、よくもまあ色々なテーマを思いつきお喋りしているものだと 我ながら感心しています。 これまでの講座の中身を若干拾い上げてみますと次のようなものがあります。

   「世紀末ウイーンを生きた黒い瞳の伯爵夫人―クーデンホーフ光子をめぐって―」
   「ドイツ、オーストリア史 隠れた史実発見」
   「ふたりのエリーザベト―さすらいの皇后と赤い大公女―」

等多方面にわたっています。

昨今はハプスブルク帝国と関係の深いフランス、 イタリア、スペインについても取り上げ幅を広げています。 度々ヨーロッパに取材旅行をして老骨に鞭打って勉強を続け更に色々なテーマに取組んでいます。 ヨーロッパへこれからお出かけの計画をお持ちの方にもご参考になると確信しております。 皆様のご参加をお待ちしております。


ウイーン郊外のマルヒフェルトの古戦場にある石碑
ここで、ハプスブルク・ルードルフTとボヘミア王オトカルUが戦った
取材で訪ねた筆者

この10月からはヨーロッパ近現代史―名曲で探る歴史の背景―」(〜2017年3月)が始まり、
10月は「ハイドンの弦楽四重奏曲第77番<皇帝>」を取り上げました。
11月からは次のような予定です。

 11月29日(火)ベートーヴェン 「交響曲第3番<英雄>」
 12月13日(火)チャイコフスキー「大序曲<1812年>」
  1月10日(火)スメタナ    「国民軍行進曲」
  2月14日(火)ヨハン・シュトラウス 「ラデッキー行進曲」
  3月14日(火)ヨハン・シュトラウスU「美しき碧きドナウ」

開催日 原則毎月第2火曜日 午後1時30分〜3時
会費  16,200円(全6回)
会場  湘南アカデミア
詳細お問い合わせ  江ノ電沿線新聞社
電話 0466−26−3028





Deutsche Witze (1)


Der Patient erwacht aus der Narkose und sagt erstaunt: "Herr Doktor, Ihr Bart ist aber gewachsen, hat die Operation denn so lange gedauert?"
"Erstens heise ich Petrus, und zweitens habe ich schon immer einen Bart gehabt!"

麻酔から覚めた患者が、びっくりして医者に訊いた、 「先生、先生のお髭はずいぶん伸びましたねえ、手術がそんなに長くかかったんですか?」、 それに答えて曰く、「第一に、わしの名はぺテロだよ。第二に、わしは昔からずーっと髭を生やしとったよ。」


(注1)Petrus=聖ペテロはイエス・キリストの十二使徒の一人。天国の鍵を託されていて、 やって来る死者を天国に受け入れ、しかるべき場所に案内する。
(注2)患者は麻酔から覚めることなく、天国の門に辿り着いたというジョーク。



Hitler besucht ein Irrenhaus, schreitet die Reihe der Insassen ab. Jeder Patient schreit: Heil Hitler!
Nur am Ende der Reihe steht einer ganz still.
Hitler: Warum grüßen Sie nicht?
Der Mann: Ich bin der Wächter, ich bin nicht verrückt.

ヒトラーが、ある時、精神病院を視察した。入院患者が整列しているところを端から列に沿って歩く。 入院患者はそれぞれ順々に大声で叫ぶ、「ハイル・ヒットラー!」
列の最後に何も言わず黙って立っている男。
ヒットラー、「君はなぜ挨拶をせんのかね?」
男、答えて曰く、「私は監視人でありまして、精神病ではないからであります。」

(注)気の狂った人たちがハイル・ヒトラーと叫ぶのであって、まともな人は沈黙を保ったというナチ時代への皮肉



Kunde am Bankschalter: "Sie haben sich gestern bei der Auszahlung um 10.000 Euro geirrt."
"Das kann ja jeder behaupten! Sie hätten das sofort beanstanden müssen. Jetzt ist es zu spät!"
Darauf antwortet freundlich der Kunde: "Schon gut, dann behalte ich das Geld eben..."

銀行の顧客が窓口で、「あなた、昨日、私が預金を引きだしたとき10,000ユーロ違っていましたよ。」
「そんなことを言ってくる人がよくいるけどねえ! すぐに申し出てくれなくちゃ。今頃そんなこと言っても遅いですよ!」
それに対して顧客は顔を和らげて、曰く、「あ、そんならいいんです。じゃあ、そのお金、私が頂いておきますから。」

(注)ドイツでは概して銀行員がツッケンドンなため、それを揶揄するジョークが多い。


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