湘南日独協会会報 Der Wind

 VOL.22 NO.2 通巻 127
 発行 2020.01.19
 更新 2020.05.20

   

 連絡先

 TEL: 0466-26-3028
 FAX: 0466-27-5091
 Mail:
 jdgshonan.official@gmail.com
   

 ご案内

 湘南アカデミアの地図
 〒251-0025
 藤沢市鵠沼石上1-1-1
  江ノ電第2ビル7F
   
緊急のお知らせ

総会について
 湘南日独協会の2020年度定時総会は、書面による総会に切り替えさせて頂きます
 下記のお知らせをご覧下さい

決議事項についてのご回答を頂く締め切りが近づいて参りましたので、改めてご案内させて頂きます
 決議についてのご回答は、お手数をおかけしますが、5月25日までに
   郵送の場合は書面で返送 (5月25日着)
   メールの場合は、オンライン(Web)でご回答 (5月25日25時頃まで)
 頂きますようお願い致します

5月 例会中止
 5月21日(木)の5月例会を中止します

6月 例会中止   update
 6月29日(日)の6月例会を中止します

湘南日独協会ドイツ語講座に関する大切なお知らせ
 2020年度・春夏期のドイツ語講座を予定通りに5月9日から従来の形態で始めることは、
 新型コロナウィルス感染拡大防止に協力する観点から、困難と判断し
 以下のように決めさせて頂きました。ご協力いただければ幸いでございます。

講座の形態
 1. 2020年度春・夏期のドイツ語講座(2020年5月〜9月)は、
   すべてオンライン講義形式(ビデオ・ミーティング)で行うことにいたします。
 2. 回数は15回とします。
 3. オンライン講義の開始時刻は後日、講師と協議の上、ご連絡申し上げます。
 4. 2021年度秋・冬期(2020年10月〜2021年3月)の講座形態は、状況を観察しながら、
   改めて決めることに致します。

 以下、詳しくは、こちら(ドイツ語講座)をご覧下さい
                             (2020.04.21 更新)

第21回湘南日独協会定時総会について   update

 湘南日独協会の2020年度定時総会は、書面による総会とさせて頂きます

 第21回 定時総会に関する資料一式を、メールもしくは郵送にて送付させて頂きます
 発送は、5月15日頃を予定しています

 決議についてのご回答は、お手数をおかけしますが、5月25日までに
   郵送の場合は書面で返送
   メールの場合は、オンライン(Web)でご回答
 頂きますようお願い致します



募集
 湘南日独協会 会員募集中

  湘南日独協会では、会員を募集しています
   入会申込書(PDF版)を、 こちらからダウンロード、印刷、ご記入の上、協会まで送付下さい
  もしくは
   入会申込書(Excel版)を、 こちらからダウンロードし、
   エクセルで開き「編集を有効にする」「コンテンツの有効化」にして、必要事項をご記入頂き、
   保存の上、 こちらから、協会宛のメールに添付し、送付下さい

 ドイツ語講座の受講生募集中

   湘南日独協会では、ドイツ語講座を開講し、受講生を募集しています
   詳しくは、 こちらをご覧下さい

 合唱団アムゼルの団員募集   歌う楽しみをご一緒に

合唱団アムゼルは創立17年、ドイツの歌・日本の歌を主にドイツ語で歌っています。 来年、春には18周年記念コンサートを、秋にはドイツの合唱祭参加も検討しています。 毎年藤沢の合唱祭、湘南オクトーバーフェスト出演しています。 良く知られた「野ばら」「ローレライ」から「美しく青きドナウ」「婚礼の合唱」「ビヤ樽ポルカ」等、 日本の歌では「浜辺の歌」「荒城の月」など、 クラッシックから映画音楽まで幅広く歌っています。 指揮指導は、ドイツのオペラハウスで活躍されておられた梶井智子先生、 ピアノ伴奏は内海祥子先生、ドイツ語の指導は団員のドイツ出身の志賀リンデさんです。

アムゼルのページは、 こちらをご覧下さい
これまでの演奏会、現在の練習の様子等を音源付きで見ること聴くことが出来ます。


練習は
 毎月第1と第3水曜日(第5も可能性あり)
 午後1時30分より3時30分
会場は
 カトリック藤沢教会(藤沢駅より徒歩8分)
問合せ
 理事 水谷妙子(045-895-6845)

理事 大久保 明


 SAS:おしゃべりの部屋 参加者募集   お待ちしています

談話室SASとは?
Schwätzerei(おしゃべり) Am(で) Stammtisch(常連客の席)、ドイツで広く知れ渡っている文化。親睦を深める会。自由なトークと情報交換の場。

実際?
令和2年最初の談話会は、本を読む楽しみ。 ダイヤモンド著の銃・病原菌・鉄、石川九楊の自伝図録の書及び漢字の大切さ、 カナダの日系2世のジョイオガワの波乱の人生、 AI研究者による女性脳と男性脳の違い、今までの人生で知らなかったことばかり。 単なる知識ではなく実際に遭遇し対応が求められるスキルや思想に触れる良い機会。

第二回は、詩や小説を声を出して読む楽しみ(朗読)。落語や講談は聞いて楽しむもの。声を出して詩や小説を朗読するとより楽しい。 好みの曲を感情を込めて歌うカラオケの如く。ハイネの詩ローレライを朗読。ドイツ語と日本語での朗読はSASで初めての試み。 昨年は、新元号、原子力安全神話、日独のことわざ、舞姫・森鴎外・ナウマン象、 ドイツにおける破壊的創造、食材は同じでも異なる料理、手書きドイツ文字、バイロイト祝祭音楽祭 等。

これからも生活や人生の楽しみに直結するトークで参加しやすい場にしたいと思います。

参加方法?
会報に開催日を掲載。e-mail addressを示され今まで参加され方へ一週間前にe-mailで連絡。
8月と12月は休み、月1回午後3時から5時まで
ミナパークの会議室(12名まで)
5時から居酒屋、ドイツ人との会話も可能
参加費は1000円、資料作成費は自己申告精算、聞くだけの参加も可能。

SASの部屋


理事 吉村 邦博


 「ドイツ文学読書会」へのお誘い   Hermann Hesseを原文で

ドイツ文学を原語で楽しむ会「ドイツ文学読書会」は、昨年10月に、発足しました。 始めるにあたり、発案者の松野義明・湘南日独協会会長が 目標とした点が三つありました。

一つは、参加者の誰もが気兼ねなく話せる雰囲気であること。
二つめは、ひと言も発しない人がいない会であること。
三つめは、誰でも、いつからでも参加できるように、その時点までの日本語訳と要点の解説を常に準備しておくこと。

この三つを掲げ、果たして何人が集まるのか、どのように進めていけばよいのか、 すべてが手探りの状態での船出でしたが、その心配は開始早々、 嬉しい誤算であったと思い知ることになります。参加者それぞれが、 個性的かつ意欲的で、毎回刺激的な会話が飛び交う活発な会となったのです。

この会の素晴らしいところは、ドイツ文学読書会である以上、勿論、ドイツ語で書かれた文学を、 原語で読み進めるのですが、ドイツ語にさほど習熟していない参加者も、 十分、楽しく参加できるということです。一例をあげれば、 現在の課題図書であるヘルマン・ヘッセ『デミアン』で、 主人公の少年がリンゴを盗んだというほら話をでっちあげる場面で、 「リンゴは、罪の象徴として使われている」と旧約聖書に結びつけての発言者は、 輪読には不参加の、いわば聴講スタイルの方からでした。 こうした意見によって、作品の深い味わいに気付かされるのも、 ひとりでの読書とは違う読書会の楽しみであると感じる瞬間です。

現在の在籍者は17名。湘南日独協会を、 この読書会で初めて知ったという方も多くおられます。 人生経験も多様で、小説の細部への理解も各人各様。 しかも、発案者の当初の目標どおり、誰もが気兼ねなく発言するのです。 侃々諤々、毎回の楽しい雰囲気を、おわかりいただけるでしょうか。

本は、一人で読むもの。しかし大勢で読んでそれについて話すのはそれに倍する喜びがある。 そう実感するのが「ドイツ文学読書会」です。ご興味をお持ち の方はいつからでもご参加いたけます。


理事 中村 茂子

開催イベント
 詳しくは、こちらをご覧下さい
 湘南日独協会 催事カレンダー(2020年05月12日版)は、 こちら から、ご覧頂けます

 5月例会 中止
   5月21日(木) 講演会 EU加盟国としてのドイツが抱く『国防』の概念
 6月例会 中止
   6月29日(日) 講演会 ドイツ連邦共和国憲法
 7月例会 
   7月26日(日) 講演会 ドイツ文学の名作の楽しみ方あれこれ

 談話室SAS
   7月まで、休会します

 読書会:ドイツ文学を原語で楽しむ会
   
5月19日まで、休会します
   詳しくは、 こちらをご覧下さい

会員の皆様へ
投稿のお願い
会員の皆さんの日頃のご活躍を会報でお知らせしたいと思います。 演奏会・展覧会・発表会・講演会等の予定をお知らせ下さい。
会報は季刊、3月、6月、9月、12月の第2日曜日発行予定です。 前月の中旬までにメール・郵便のいずれでも結構です。お待ちしています。

皆様へ、ご協力お手伝いのお願い
季刊の会報Der Windの発送作業を、原則、季刊3月、6月、9月、12月の第2日曜日、午前10時から行っています。
お手伝い頂ける方は、ご連絡頂ければと思っています。

年会費について
これまでに、会費を振り込み頂いた方でお名前の記載がない方が居られます。会の方へご連絡いただきたくお願いします。



 これまでの掲載記事
   (寄稿など)


  会員掲示板(これまでのホームページ掲載記録 - ältere Nummern)
  劇場便り
  マインツから
  Deutsche Witze
  これまでの協会主催イベントについて:イベント情報
  私とドイツ
  皆様から寄せられた岩崎先生への追悼文



 これまでの活動


  

 2008年 2009年
 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
 2015年 2016年度 2017年度 2018年度 2019年度
 2020年度



 関連協会



 日独協会(JDG)

 〒160-0016 東京都新宿区信濃町18番地マヤ信濃町2番館
 受付時間:月〜金 10:00〜18:00
 TEL: 03-5368-2326 FAX: 03-5368-2065


 横浜日独協会(JDGY)

 〒223-0058 横浜市港北区新吉田東2-2-1-913
(事務局:能登)045-633-8717



 提携協会



 ワイマール独日協会

  Rainer-Maria-Rilke-Straße 10A, 99425 Weimar
   c/o : Peter Käckell
   E-mail : djg-weimar@t-online.de

湘南日独協会 開催行事の予定

湘南日独協会 催事カレンダー(2020年05月12日版)は、 こちら から、ご覧頂けます

月例会

会場 湘南アカデミア
   藤沢市鵠沼石上 1-1-1 江ノ電第2ビル 7階
   TEL 0466-26-3028


年次総会

 湘南日独協会の2020年度定時総会は、書面による総会とさせて頂きます


5月例会 EU加盟国としてのドイツが抱く『国防』の概念  中止します

日時 2020年 5月 21日(木) 14:30〜16:00
講師 カルステン・キーゼヴェッター氏 ドイツ大使館付き駐在武官
概要 "Über die deutsche Sicherheitspolitik"


6月例会 ドイツ連邦共和国憲法  中止します

日時 2020年 6月 28日(日) 14:30〜16:00
講師 ハインリッヒ・メンクハウス氏 明治大学法学部教授
概要 日本国憲法はその改正の是非が、戦後の発足から現在に至るまで議論されながら、
   論議は一向に深まっていないようです。翻って、他国の憲法は、どうなっているの
   でしょうか。同じ敗戦国のドイツの憲法は、どんな成り立ちで、何がどのように
   規定されているのでしょうか。日本国憲法を考える上で、こうした他国の憲法も
   知る必要があると思われます。講師はドイツ法の専門家ですが、その他の国の憲法
   についても触れて頂けます。日本語で講演頂きます。


7月例会   

日時 2020年 7月 26日(日) 14:30〜16:00
講師 高橋 忠夫氏 東京日独協会会員
概要 講師は、15年前駐在員として働いていたシドニーの市民講座でドイツ語を受講し、
   ドイツ文学の面白さについて、眼が開かれました。愛読書のトーマス・マンと
   シュテファン・ツヴァイクを読んで、聴いて、見て、味わい尽くすお話です。
   また、トーマス・マンの影響を受けた北杜夫についても言及します。
   作品のみならず、マンのブッテンブロークハウスとツヴァイクの博物館の
   お話も聞けると思われます。

   茶話会 会場にてコーヒー程度
   会費 100円 どなたにも気楽に参加頂けます

会費 1,000円

懇親会 会場 未定

読書会

  ドイツ文学を原語で楽しむ会
   詳しくは、 こちらをご覧下さい

会費 1,000円
会場 ミナパーク 5階, 3階

    5月19日まで、休会します

    読書会の予定など、変更がある場合には、こちらでお知らせします                            (2020/03/23 更新)
回数 月 日 会議室番号 時間帯
第11回 05/19 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第12回 06/02 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第13回 06/16 (火) 301会議室 15:00〜17:00
第14回 07/07 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第15回 07/21 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第16回 08/04 (火) 507会議室 15:00〜17:00
第17回 08/18 (火) Meeting Room 1 15:00〜17:00
第18回 09/01 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第19回 09/15 (火) 506会議室 15:00〜17:00

談話室SAS

会費 1,000円

談話室SASについてのご紹介は、
こちらをご覧下さい


   7月まで、休会します

寄稿


西鎌倉山親寿会のお手伝いをさせて頂いて

湘南日独協会会長 松野 義明

西鎌倉山に「親寿会」という、誠に家庭的で、温かい雰囲気のシニアクラブがあります。 このシニアクラブが、2019年5月から1年間をかけて「ドイツロマンと文化の会」 という一連の催し物を行うので、湘南日独協会も協力してほしいというお話を頂きました。 湘南日独協会としましても、地元の皆様と一緒に何かできるということは大変喜ばしいことなので、 一も二もなくお引き受けしたわけです。

初めての打ち合わせに西鎌倉山自治会館に伺い、佐々木名誉会長、 池田会長をはじめ数名のメンバーの方々とお話しした時、すぐに感じたことは、 このシニアクラブは、ただ家庭的なぬくもりに浸り、 老後の寂しさをお互いに漫然と慰め会おうという後ろ向きのクラブではなく、 全く正反対に、常に前を向き、常により高い文化教養を求める飽くなき意欲に燃えるクラブであるということでした。 メンバーの一人一人の方々のひたむきな知識欲と、得られた知識を心の糧にして、 それぞれの人生を豊かにしようという強靭な貪欲さが滲み出ており、 今、世間に喧伝されている老人の引き籠りや、はては、孤独死などという悲しい話とは無縁の社会でした。

このようなクラブの活動をお手伝いできることに、大きな意味と責任を感ずると同時に、 心の奥底から満足していただくにはどんなお手伝いをしたらよいのだろうと真剣に考えずにはいられませんでした。

いろいろ心配も致しましたが、親寿会の佐々木名誉会長や池田会長から頂いた書状を拝見しますと、 結果的には、なんとかご満足いただけたようなので、ほっと胸をなでおろすと同時に、 お手伝いをさせて頂けたことを本当によかったと思っています。 この期間中、全面的に関与していただいた勝亦正安副会長、伊藤志津子理事、 吉田克彦顧問、高橋愉紀氏、八尾とし子氏、赤崎玲子氏の皆様に、この場を借りまして、深く御礼申し上げます。


西鎌倉山親寿会主催
「ドイツロマンと文化の会」を
1年間湘南日独協会の協力で開催


西鎌倉山親寿会会長
池田 隆明 氏

親寿会とは、鎌倉市の西鎌倉山にある住宅地の住人を中心とした 60歳以上約100人の会員からなるシニアクラブです。 14年前に創設した歴史的には比較的新しい高齢者の団体ですが、ボランテイア活動、 健康活動などいろいろな活動を活発に行っています。 その中で教養文化活動の一つとして、2019年5月から始めたのがこの「ドイツロマンと文化の会」です。 老人会独自の事業でこのような講座を1年間継続して毎月開催することは、 他に殆ど例が無くかなりの困難性が予想されましたが、 会員の中に昔ドイツで勤務して生活していた人や業務出張や観光でなじみのある人などがいる事 またドイツの経験の薄い人でもドイツの文化や歴史に関心のある人もいる事、 そして何よりもドイツ大使館などを通じて知り得た、 湘南日独協会さんの支援を得られそうだとの事が決め手になり、 この会を開催することになりました。

第1回目が5月19日に西鎌倉山自治会館でスタートしました。 先ずは初回という事で、前半はドイツの現況、歴史、地理その他について、 元ドイツ在住の親寿会会員の三枝樹元子さんのご次男で前ドイツNRW州経済振興公社取締役であった 三枝樹洋さんに、講師となってもらい概説をお願いしました。 後半はドイツクラシック音楽をバックにドイツ主要都市を映像で鑑賞し合間には 音楽や都市の情景を講師及び参加者が話し合う形で進めました。 当日の参加者は前評人気もあつて会員以外の当地域外の方なども含め34名の多くの方が参加しました。

湘南日独協会さんからも、松野会長、勝亦副会長、 伊藤理事も出席して頂き大変盛り上がった会となりました。 その後6月、7月「世界遺産の旅」8月「ドイツの食文化について」 9月「ドイツオペラを楽しもう」10月ドイツ映画「菩提樹」 11月「ピアノトークコンサート」12月「南ドイツを旅して」1月「パネル座談会」 と続けて開催してきました。 この間、湘南日独協会松野会長にお願いして前記の 10月、11月、1月の内容について全面的にご協力を頂きました。 10月は協会さん所有のDVDをお借りして、 当日は江ノ電沿線新聞取締役の吉田さんに解説をお願いしてドイツ版「菩提樹」を上映しました。 11月には、36年間オーストリア、ドイツでプロピアニストとして活躍してこられた 高橋愉紀さんに特別にお願いして「ピアノトークコンサート」を開催しました。 バッハ、シユーマン、ショバン、ブラームス、リスト、モーツアルトなどから 馴染み深い曲から選んでいただいた素晴らしい演奏と長年の海外生活での ユーモアあふれたトークに参加の皆さん大変な感銘を受けました。

2020年1月には、本会の集大成的な意味合いで、長年ドイツ、 オーストリア、スイス等で生活されてきた方々を中心に「パネル座談会」を開催しました。 湘南日独協会さんから、松野会長、勝亦副会長、伊藤理事、赤崎玲子さん、 八尾とし子さんに参加して頂きました。特にパネラーとして、 ドイツ在住30年当地で寿司カフェを営んでいた赤崎さんの最近のドイツ事情の話など、 多くの興味深い話で皆さんの会話も弾みました。

このドイツの会のもう一つの特徴は、 毎回第2部として参加者の懇親会を持ったことです。 親寿会でドイツの会の開催にあたり最も熱意をもつて対応してきた佐々木名誉会長が、 毎回簡単ではありますが何らかのドイツ風の手つくり料理を提供してくれました。 この懇親会には湘南日独協会の皆さんも参加して頂き、 親寿会の会員との間でドイツの話を中心に大いに盛り上がりました。 この中で、松野会長の同じ旧制中学の同学年で約70年ぶりに初めて出会ったという、 親寿会員の小須田理事との出会いや、スイス在住の同じ時期に同じドイツ語の先生に 習っていたという伊藤理事と三枝樹洋さんの出会いなど、 奇遇というのか人の出会いの偶然さも経験した会でした。 本会の開催、実施に当たりご協力、ご支援を頂いた湘南日独協会さんの役員の皆さん、 特に理事の伊藤志津子さんにはいろいろとお世話を頂きました事に関し心から感謝を申し上げます。


湘南日独協会に心より感謝

親寿会名誉会長 佐々木 俊文

2019年4月より開始した、私共親寿会の文化事業の一つ、 ドイツロマンと文化の会に多大のご指導・ご援助を頂きましたことにあつく御礼申し上げます。 親寿会は本年4月には創立十五周年を迎えますが、 会の基本理念を「友好と親睦」「相互啓発に相互支援」「社会貢献」 「文化教養活動」「健康福祉活動」に置き、会員仲良く楽しくしております。 此の度の湘南日独協会の素晴らしい組織と活動内容を知るにつけ、 皆様方の豊かな人間性、実に深い学識、高い教養に触れ、感銘を受けております。 私個人の過ぎし青春の中に、ドイツの音楽・文学・芸術にあこがれていた思い出が数多くあります。 何卒、今後共種々ご教示下さるようお願いいたします。湘南日独協会の益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。


高橋 愉紀さんの演奏


高橋 愉紀さんのへの花束贈呈
向かって右から2番目が佐々木名誉会長

     ★お詫び 上記写真の位置調整が乱れ、正しく表示出来ていませんでした


1月例会 講演会
「戦前日独の競合と協調の歴史」

     講師 五百旗頭 薫 東大大学院教授


会員 望月 恭一

松野会長から新年のご挨拶と今日の講師を紹介された。五百旗頭薫教授は お父上をはじめ、内外で活躍されている学者が輩出された家庭の中で育ち、 日本政治外交史の若き新鋭の学究であると紹介され、早速ご講演が始まった。

東日本震災の中、ベルリンに滞在していたため、日本についての関心が集まり、 ボッタムに保管されていた日本に対する新しい分野の資料が比較的容易に公開されたので、 日本の視点から、調査研究ができた。

ドイツ側の日本に対する国家モデルとして開国、維新当時の重要な存在意義として、 将軍、大名、侍、天皇があるとみている。先生は、特に下級武士の活躍に目を向けられていた。

当時幕府側は、アメリカに関心を示していたが、官軍側は、英国の政体を重視していた。 しかし、岩倉使節団の最初に訪問したのは、米国であり、 清廉潔白な大統領ジョージワシントンに感銘した。 1968年6月に発布された維新新政府の政体書は、議政官、行政官、 刑法官の三権分立をうたいアメリカ的であった。つまり維新を主導する薩長政府は、 アメリカの影響を大きく受けていたわけである。

維新政府が北海道開拓を重視し、クラーク博士、新渡戸稲造、新島襄など、 アメリカ関係の人たちを送り込んだことでも理解できる。 1878年大久保利通が暗殺された後、政治は伊藤博文(ドイツ寄り)と大隈重信(英国寄り)の時代となる。 1882年伊藤博文は渡独し憲法調査では苦労するのだが、シュタインからスピード感ある行政の重要性を学ぶ。 1889年に明治憲法が公布され、1900年に伊藤は立憲政友会を作るが、これが今の自民党の原型である。

1894〜95年の日清戦争があり、独ソ対立や日本への三国干渉などを通して、 ドイツの東アジア進出が始まり、1897年膠州湾をドイツが占領し、租借を始める。1904年日露開戦。
1914年第一次世界大戦が勃発し、日本は対独参戦し、西太平洋のドイツ諸島を平和的に占領し、 青島は武力で占領した。中国政府には21カ条要求を提出している。
一次大戦後、1919年パリ講和会議が開催し、ヴェルサイユ条約が調印されたが、ドイツに対して厳しい内容であった。
1934年ヒトラー、首相と大統領を兼任。1936年日独防共協定調印、1939年第二次世界大戦はじまる、 1945年第二次世界大戦終了。
1949年ワシントン外相会議でドイツ連邦共和国(西独)とドイツ民主共和国(東独)が成立。西独、ヨーロッパ経済協力機構に加盟。
1955年西独は主権を回復し、NATOに加盟。ソ連、東独の主権を承認。1961年ベルリンの壁構築。1989年ベルリンの壁崩壊とドイツ再統一へ。
1992年マーストリヒト条約(ヨーロッパ連合条約)調印し批准した。
1995年ドイツ、フランス、ベルギーなど7ケ国の人の移動自由化。2002年欧州単一通貨ユーロの流通が始まる。
2020年英国、欧州連合(EU)から離脱。

先生のご講演は、第一次世界大戦終了までであったので、私自身の勉強のため、 英国EU離脱まで書き加えました。聴講の皆様は、先生のご講演をよく理解され、 質問内容も鋭かった。私は、このようなレベルに達していないが、少し感じたことを書くことにした。

伊藤博文を含めて、倒幕の主要な役割を果たした薩長の若侍たちは、 みな英国かぶれと思っていたが、これは私の固定観念であった。 それにしても、伊藤博文は、いろいろ苦労を重ねた上、シュタインに会えて、 憲法問題だけでなく、行政の大切さを学んだことは、彼自身だけでなく、日本にとっても幸せなことであったと思う。

先生のご講演から私が感じたのは、 「日本の行政、外交、安全保障の問題について、守りの姿勢だけでなく、 冷静に科学的にそして力強く対処することが求められている」ということであった。 しかし、最近の新型肺炎の問題など、限られた事実関係の中で、 どう対応してゆくのか現実の問題は厳しい状況に置かれているのも事実である。

  
五百旗頭 先生                懇親会      


「私とドイツ」その12


会員 林 一雄
奥様雅子様と望年会に参加

1) Prolog
1958年、浪人生活で時間を無駄にしたくないので、運動に夢中であった都立高校を卒業すると、 明治大学の工学部に入学した。

他大学の授業を調べていると興味深い講座が見つかった。 単位は貰えないが東大・東工大の聴講生。さらに、機械学会の学生会員となり、 各種の会合・講演会に参加、また無料の公開講座や見本市で新技術を学び、 おかげでヨーロッパの貿易商との結び付きが生まれ、1960年の春には、晴海で開催された見本市に来日するドイツ人の通訳のアルバイトをした。

ドイツ人から、技術資料を貰い翻訳を始めたが、辞書にない表現が多くて困り、 近江兄弟社のドイツ語教室で金髪・碧い目のドイツ人の尼さんからドイツ語を習った。 1962年に、明治大学を卒業して、ドイツ・スイスの機械を売る貿易商に誘われ入社、スイスの親会社で新人教育を受けることになりスイスへ渡った。

スイスでは朝には、誰もがGrueezziと言うけれど意味が解らず先輩に尋ねたら、 スイスドイツ語で今日わ!の意味だと教わり、ドイツでは東西南北では話す言葉が違い、 ましてスイス人のドイツ語はドイツ人に通じないからGoethe Instituteで勉強するように勧められて、自分でも驚くほど真面目に勉強した。その後、 スイス連邦工科大学(ETH)・金属材料研究所(EMPA)等で機械技術を受講し、 Zuerichの日本総領事館で日本から国際会議・技術提携などのためスイスを訪れる邦人の通訳を担当することになった。 この時、FBファインブランキング(精密打ち抜き)の生みの親のSchiess氏と知りあうことになる。

2) ドイツ製の精密プレスを日本へ
いくつもの機械メーカーを訪問し、日本にない高精度で・経済性の優れたプレスを日本に送る仕事を始めた。 1964年の秋には、学生時代に知り合った女友達が誰かと結婚してはいけないので急いで帰国し、無事ゴールイン。日本では機械の輸出入に携わった。

1973にはスイスの製造会社の東京事務所の代表も務めたが、本社の意向でスイス人に席を譲り退社。 1987年には71歳にして初めて日本の会社(FBプレス製造)へ入社、その間ファインブランキング技術研究会の会長も担う、と言ったFB一筋に来た。

3) 素敵なドイツ
スイス滞在の、当時はまだ海外旅行が自由化になる以前だったので日本から 渡欧をする人が少なかったので領事館を訪ねる人は少なく、従って領事館の仕事はあまり無かった。

私がドイツ・スイス・オーストリアに滞在中は勉強のほかには、夏は、登山・ラリー・気球で飛び回り、 秋になると、古城/美術館巡りなどを楽しみ、冬には昼間はスキー、 夜は金髪で碧目の女の子とワインを飲んでワルツを踊った。 日本出発前、青い目の嫁さんは連れて帰らないよう強く言われていたのでそれは守った

4) Epilogue
80歳になる前の2019年にはプレス技術交流活動を後継者にバトンタッチし終え、 3人の息子達も家を離れたので、これからはのんびりと家内と二人だけで、 自宅で永年の趣味である木版画の製作を再開しようと考えている。

      
ドイツのOlympiaschanze1963年     奥様とデート横浜1964年  


イナ・レーペル ドイツ大使歓迎懇親会に出席して

副会長 勝亦 正安

日独協会主催により、昨年9月に着任されたイナ・レーペルドイツ大使の歓迎懇親会 が、2月10日、広尾にあるドイツ大使館に直ぐ近いレストランで開催され、松野会長 ご指名により、中嶋理事と勝亦が出席しました。


大使を中に向かって左より中嶋、勝亦、大久保

大使は、北ドイツ、ニーダーザクセン州の小都市クックスハーフェンのお生まれ、 キール大学、ボン大学、また米国インデイアナ大学等で経済学を学ばれた後、 1988年ドイツ外務省に入省、各国のドイツ大使館や国連などに勤務、 ドイツ外務省アジア・太平洋局長の要職を経て、私の知る限り、女性初の駐日大使として来日されました。

歓迎懇親会は、ミニケストラの音楽演奏で始まり、東京日独協会中根猛副会長(元駐ドイツ大使) による歓迎の辞の後、レーペル大使が挨拶されました。 「日本全国各地を訪問して日本と日本人を十分に理解したい、 来年は160周年となる日独交流の歴史を踏まえて日独の友好関係を深め、一層発展させたい」旨、 力強く新任の抱負を述べられました。

大使挨拶の後は、日独協会出原悠副会長の音頭で乾杯があり、その後は飲食と出席者交歓の時間が続きました。
全国各地約25の日独協会関係者70名程が参加、主賓の大使を中心に大いに歓談、 懇親の実を挙げました。大使は出席者の応対に追われていましたが、中嶋理事、 勝亦、更に東京日独協会役員として出席の大久保理事と共に、 短時間ながら言葉を交わすことが出来ました。 大使は、眼鏡と真珠の首飾りが良く似合い、背は高く、理知的な、お優しい風貌ながら、 言葉は極めて明快でした。当方の講演依頼を快くお引き受け頂きましたが、年内は難しいとのことでした。

エーペル大使の他に、早瀬勇横浜日独協会会長、ゲオルグ・ロエルNRWジャパン社長、 野村松信秋田公立大学教授、末岡眞純仙台日独協会副会長、 更には6月ご講演予定のハインリッヒ・メンクハウス明治大学教授等々にもご挨拶出来ました。

予定の2時間は瞬く間に過ぎ、大使の日本でのこれからのご活躍と任務の成功を祈念しつつ、 夜の8時頃、中嶋理事と共に家路につきました。


かまくら国際交流フェスティバルへ参加

理事 鬼久保 洋治


恒例のかまくら国際交流フェスティバル2019は11月10日好天の中鎌倉大仏、 高徳院にて開催されました。 紅葉も始まり院内には外国人観光客も多くにぎわい各ブースは模擬店、 バザー、各国の活動紹介、展示、民族衣装、生花等体験コーナーと演技団体 (琉球舞踊、バリ舞踊、古典芸能、カントリーダンス、剣舞、武士、和太鼓) そして湘南日独協会のアルプホルン演奏がありました。 ドイツからの外国人を含む観光客が足を止めて観賞していました。 ダンケシェーンはアルプホルン、カウベル、 そしてアコーディオン演奏ではお客様が音楽にあわせて ダンスをされる方もおり大いに盛り上がり国際交流ができました。 出演者は8名サポートに4名と水谷理事、アムゼルの志賀リンデさんが応援に来てくれました。 協会行事が重なり手分けしての参加となりました。

ご協力ありがとうございました。


2019年 望年会

理事 中嶋 照夫

湘南日独協会の望年会(忘年会)が昨年の12月15日に藤沢駅北口の 「さいかや」8階で開催されました。 今年の望年会は新企画として「音楽の起源」と題して、 高橋理事により30分程度の講演頂きました(講演資料付き)。 「音楽の起源」の資料は、こちらから、ご覧頂けます

イタリアン料理とワインを飲食しながら拝聴、講演は紀元前メソポタミアから中世、 ルネサンスに至るあたりまでの話。 「演奏出来る最も古い楽器の話」「楽器はいつ頃のモノが残っているのか」 「音楽はどこでいつ頃生まれ楽しまれていたのか」 「東洋と西洋の音楽は、いつ頃に影響しあったのか」「音楽の基礎的な理論は誰が整えたのか」等々。 興味深い話、ピタゴラスが音階の音程を物理、数学的に定義した話等、 質問等も交えてわかり易く講演して頂き音楽の楽しさが伝わりました。

   
エジプトの楽器の壁画    ピタゴラスの実験(木版)
 

現存する最古の有線楽譜

同時に今年の新規入会員の方、非会員の方にも参加頂き、お酒が苦手の人にも楽しんで頂けたみたいです。 参加者も30人の内(女性9人:昨年は2人)と膨れあがり会場のイタリアン料理店 「トラットリア・ポッテ」いっぱいに参加者であふれ、 2時間の予定が会場の好意で3時間になり、恒例の如く自然発生的にドイツの歌の合唱で終わりました。 最後にはクリスマスプレゼントも頂きました。


「クラシック音楽の楽しみ方」  第5回

会員 高橋 善彦

前回に続き、大バッハのお話(その2)です。まず、Die sechs Brandenburgischen Konzerte ブランデンブルグ協奏曲集のお話から始めます。

1718年から19年にかけての冬、バッハがKöthen侯国Leopold候に仕えている頃、 Berlinを訪ねた際、Christian Ludwigブランデンブルグ辺境伯の御前で演奏する機会に恵まれます。 詳細は不明ですが、Christian辺境伯は、Leopold候の友人である当時のプロイセン王の息子ですので、 この旅にLeopold候の何らかの差配があったと思われます。 Christian辺境伯は、プロイセンの黒鷲勲章を受け、1721年春の受勲に際し演奏できる曲をバッハに依頼したようです。

曲の献呈句には「2年前に伯の御前演奏に際し賜った下命に従い」とあります。 献呈された曲の題名は、献呈句と共にフランス語で、"Six Concerts avec plusieurs instruments"
  「幾つかの楽器のための6曲の協奏曲集」
となっています。次図は、献呈用の手書きの表紙です。


Berlin州立図書館のAmalia蔵書が所蔵しています。 19世紀のドイツの音楽歴史家 Philipp Spittaが、この曲を作曲の経緯から「ブランデンブルグ協奏曲集」と呼び、 この呼び名が普及します。 この協奏曲集は、6曲の協奏曲を含みます。Köthen時代に書かれている器楽曲には、 フランス組曲や無伴奏など6曲を一組としている例が多く、この時期の特徴です。 6曲の協奏曲には番号が付いていますが、作曲の時期は早い方から、 6番, 3番がWeimarで, 1番, 2番, 4番, 5番がKöthenで作曲されています。 バッハは、特徴のある協奏曲6曲を選んでいます。

Köthen侯国の宮廷に優秀な器楽奏者が揃っていた事で、バッハは各楽器の特性を学び、 各楽器を独奏楽器として巧く使い、奏者に名人芸を発揮させています。 この協奏曲集では、非常に大胆な楽器の組み合わせを採用しています。 特に、協奏曲第2番の独奏楽器は、Trumpet, Recorder, Oboe, Violinです。 勿論、この時代の楽器と現在の楽器の特性は大きく異なりますが、 TrumpetがRecorderと並んで演奏するというのは、とても珍しいことです。 しかし、実際に演奏すると音量のバランスを保てるように巧く書かれています。

そして、それまで伴奏用に使われていたCembaloを独奏楽器として使い、 初のCembalo協奏曲と言える曲が、第5番の協奏曲です。 第5番が、最初にKöthenで書かれた初稿と献呈された譜面を比べると、 第1楽章の最後にあるCembaloの独奏部分の長さが、初稿の19小節から、献呈稿では65小節に拡がっています。

この経緯ですが、1719年、Köthen宮廷がBerlinの工房にCembaloを注文しています。 おそらく、事前にバッハがBerlinに出向き、2回目に楽器を受け取る為に訪れた帰り、 辺境伯の御前で、新調したCembaloをお披露目し、その時に演奏した第5番が献呈稿となり、 Cembaloの独奏部が見事に拡張されたと考えられます。


Cembalo独奏が始まる部分 献呈稿自筆譜面(1721年)

J.S.Bach Brandenburgischen Konzerte Nr.5 の参考音源はこちら(You Tube)から
(Freiburger Barockorchester @ Schloß Köthen)
J.S.Bach Brandenburgischen Konzerte Nr.2 の参考音源はこちら(You Tube)から
(Claudio Abbado @ Teatro Municipale Romolo Valli, Reggio Emilia, 21 4 2007)

Matthäuspassion マタイ受難曲
正式な題名は「福音史家聖マタイによる我らの主イエス・キリストの受難 : Passion unseres Herrn Jesu Christi nach dem Evangelisten Matthäus」です。 新約聖書「マタイによる福音書」のキリストの受難を題材にしています。福音書に書かれている聖句と、 筆名Picander (本名Christian Friedrich Henrici)という同時期に活躍し、 バッハとは親しくカンタータでも一緒に働いている作家が書いた、宗教的な自由詩をテキストとして使っています。

Leipzigに着任後4年、1727年の受難日、聖金曜日4月11日に、カンタータ1年分に匹敵する大作を演奏します。 マタイ受難曲は二部構成で全68曲、合唱とオーケストラとオルガンが各2組で、演奏は3時間を越えます。

福音史家(Evangelist)が聖句にある物語を語り、イエス、ピラトら弟子、大祭司達、シオンの娘、 罪の女等の登場人物、群衆で物語の情景を描いて行きます。この時代には普通に使われ、今は見慣れない楽器、 Viola da gambaが独奏楽器として登場します。 バッハの時代、教会内で女性が歌唱することはありません。女声は少年合唱とカウンターテナーが歌います。
物語の情景、人々の感情、登場人物の関係、言葉の意味などに従って、楽器だけでなく、 合唱の声部の数、和音とユニゾン、音楽の様式など、 音楽の構造を非常に精緻に考えて作られた名曲です。 イエスの言葉には、常に弦楽器が後光を表現し、最後の言葉では、一息、沈黙します。 物語と心象風景を音楽で表現しています。 2つのオーケストラと合唱が交互に対向で歌う場面は、最初の曲にも出て来ます。 合唱を2つに分けて交互に歌う交唱(Antiphona)は古くから教会音楽で使われている様式ですが、 「見よ」/「誰を?」のように、歌詞に従った「必然的な」表現方法として使っています。 演奏すると、物語に沿った問いかけと応答の言葉が左右から聞こえる劇的な効果も持っています。

J.S.Bach Matthäuspassion の参考音源はこちら(You Tube)から
(Georg Christoph Biller ; Thomaskantor @ Thomaskirche Leipzig)


Viola da gamba


バッハがLeipzigのトーマス教会の楽長という重責に就任してからの苦労話を少し、輪郭だけですが。。。

トーマス教会は市の評議会下にあります。トーマス教会の上司には教区監督がいます。 また、1409年創立の古いLeipzig大学があり、 大学に付属する聖パウロ大学付属教会での礼拝はトーマス教会楽長が行う事になっています。 ということで、音楽の発展を望むバッハが、音楽活動のために調整する相手は3人も居ます。 勿論、バッハを支援する人も居ましたが、市の慣習に無い、予算が無いと反対されることも多く有りました。 (実は、マタイ受難曲の初演の時も、場所や予算、慣例などでもめていますが、最終的にはバッハの希望通り、トーマス教会で初演しています)

面倒な状況の中、救済を与えたのは、Dresdenに居たバッハの音楽を支持する、ザクセン選帝侯で、 ポーランド王であったAugust II世とAugust III世です。二人の国王はバッハからの請願を聞き入れ、 宮廷作曲家の肩書を与え、Leipzigでの音楽活動の環境は整います。

     
Friedrich August I., August II. (Polen)   Friedrich August II., August III. (Polen)

おそらく、この様な面倒を経験したバッハは、トーマス教会の付属学校からLeipzig大学と、 膝元で育った次男のCarl Philipp Emanuel Bachが音楽家になると決めた1738年に、 後のプロイセン王となるFriedrich II世の王宮に奉職することを薦めたようです。 Carl自身、この配慮に感謝し、教えを守ります。 Friedrich II世は、バッハに逢うことを熱望し、充分な敬意を持って接したという話が残っています。


   Friedrich II.      C.P.Emanuel Bach      Johann Quantz
A. Menzel: Sanssouci宮殿でFlute演奏するFriedrich大帝

1747年5月、バッハはBerlinを再び訪れます。この訪問は、7年前に戴冠したFriedrich王 II世が、 バッハと知り合えるように、王室奏者のCarlに父親と同行するようにと、 新築のサンスーシ宮殿への招待に応えたものです。 バッハの馬車が門に到着した時、大帝は「諸君、大Bachの到着だ!」と演奏を中断して出迎えます。

Friedrich大帝は音楽に造詣が深く、フルートは名手Quantzに師事し大変巧く作曲もします。 音楽を充分に理解し、バッハに何を望み、依頼すれば良いのかを承知しています。 バッハも、充分に理解して貰えると知りつつ、“音楽的な難題”を見事に解決し、 作品として仕上げた「音楽の捧げもの」を献呈しています。

次回、あと1回バッハのお話を続けたいと思います。


ご質問、ご希望、ご意見などは、協会の公式メールアドレス でご連絡ください。
記事の内容に全く関係の無い、音楽についてのご質問でも何でも結構です。ご遠慮なく、ご質問ください。 全てに巧く応えられるかどうかは、定かではありませんが、調べた上でご回答致します。

筆者



劇場便り その20

これまでの劇場だよりは、こちら からご覧頂けます

ブレーマーハーフェン 志賀 トニオ 氏

今回は1月にWinterstein という劇場の定期演奏会に指揮者として出演しましたので、 その時の様子をお伝えしたいと思います。


アンナベルグ‐ブーフホルツ劇場の前で家族と

まず昨年の春先にWinterstein Theaterの音楽監督のマネージャーさんから仕事の依頼の電話がありました。 突然の事で大変驚いたのですが、その劇場の音楽監督は高橋直史さんという日本人の方で、 ブレーマーハーフェンに来る前(約8年前?)にお手紙を書いた事がありました。 その時はお会いする事はなかったのですが、それ以来インターネット上のFacebookで情報交換するようになり、 それをきっかけに私に声をかけて頂いたようです。

せっかくの機会ですからすぐにでも快諾したい所でしたが、 その為にはまず仕事場のブレーマーハーフェンの劇場で10日間の休暇をもらわなければなりません。 コレペティトーアは劇場の中で、演出助手と並んで最も忙しい職種の一つで、 10日間職場を離れる事は容易ではありません。さっそく上司に相談すると、 最大限協力して頂けるとの事。首尾良く休暇が認可され、無事契約を結ぶ事に成功する。

演目はハイドン/アルミーダ序曲、モーツァルト/劇場支配人序曲、サリエリ/フルートとオーボエの為の協奏曲、 ヨハン・シュターミッツ/ヴィオラダモーレ協奏曲第2番、レオポルト・モーツァルト/そりすべり 公演日時は1月11日 Aue(アウエ)及び1月20日 Annaberg-Buchholz(アンナベルグ゙-ブーフホルツ)であった。

所謂Wiener Klassik(ウィーナークラシック)のプログラムであったが、 モーツァルトの劇場支配人序曲以外は演奏頻度の少ない曲が多く、 特にヨハン・シュターミッツのヴィオラダモーレ協奏曲第2番はそれが何を指すのかわからないくらいにマイナーな曲で、 何処を調べても、楽譜も録音も見つける事ができず、結局11月にすべてのスコアを送付してもらい、 大急ぎで読譜する事になる。そして間もなく、上記の二つの序曲を除く3曲には楽譜に修正すべき箇所が多数ある事が判明する。 そもそもWiener Klassikのプログラムを採り上げる時には装飾音符やスラーの扱い等を丁寧に検討及び加筆する必要があるのだが、 今回は演奏頻度が少ないマイナーな曲が多かった事もあり、間違いや出版社の勝手な解釈による 加筆を訂正する必要になり、結局パート譜もすべて送付してもらい、 大がかりな修正をする事になる。1月8日にオーケストラとの稽古が始まるので、 奏者が稽古前に練習できるように、遅くても年内には完成して返送しなければならない。 前号の便りでお伝えした通り、12月は多忙であった為なかなか作業にとりかかれず、 結局クリスマス休暇頃に本格的にパート譜の修正を始め、なんとか12月30日に送付する事ができた。

そしていよいよ1月6日、 次の日に迫った出発の準備をしている時にマネージャーさんから電話がかかってきた。 なんとヨハン・シュターミッツのヴィオラダモーレ協奏曲のソリストが病気で コンサートをキャンセルしたとの事。 この曲は前述のように超マイナーであるし、 ヴィオラダモーレという楽器自体弾ける人が少ない為、 代わりを見つける事は難しいとの事で、曲を替える事に。 結局私が何曲か候補曲を出し、その中からモーツァルトの交響曲25番に決定。 その日の午後と次の日の電車の中はそのスコアの読譜に明け暮れるのであった。 しかし、内心シュターミッツより、モーツァルトの方がやりがいを感じていたので、 嬉しいハプニングでもあったのである。そしていよいよ練習初日。練習場所はAueのコンサート会場。 なんとホールで練習するという恵まれた環境であった。 このオーケストラは元々AueにあったシンフォニーオーケストラとAnnaberg-Buchholzの劇場付きオーケストラが合併して出来、 正式名称はErzgebirgische Philharmonie Aue。団員は45名。 Aueの町はシューマン生誕の地Zwickau(ツウィッカウ)から電車で50分で人口1万6千人。 そんな小さな町に500人入る立派なコンサートホールがあるのは驚きだ。 練習は10時から15時で4コマに分かれており、 途中2回の15分休憩と1回の30分休憩が入る。 ブレーマーハーフェンでは午前と午後の練習の間にオーケストラは5時間半空くのだが、 ここではAnnaberg-Buchholz等の別の町から来る団員もいるために、所謂Doppel Probe(ダブル リハーサル) という方式が採られている。 指揮者としてはリセットする時間がなく、 お昼をしっかり食べる時間もなく、なかなかハードであった。 オーケストラは最初は指揮者の様子見という感じがあったが、 徐々にペースを掴んでいき、順調に本番の日を迎える。本番ではミュンヘンから叔父と叔母達、 それから母も来場し、とても満足のいく演奏になりました。

コンサート翌日にはブレーマーハーフェンで火の鳥のチェレスタを弾かなければならなかったので、 朝5時の電車でとんぼ返り。眠い目をこすりながらもミスなく終え安堵。 そして1月19日に、今度は家族と共に次のコンサート会場のAnnaberg-Buchholzへ。 こちらは鉱山の麓の町で坂が多く、 駅から町に向かう道があまりにも急で荷物を運ぶのが大変であった。 この街の人口は2万人で劇場の正式名称はEdward-von-Winterstein-Theater。 これは、この劇場で活躍した演劇俳優の名前を採っていて、 ドイツでは人物名を冠した唯一の劇場である。 この街はクリスマスの木彫品が有名で近くには蒸気機関車も走っている観光地。 劇場は300人収容と小さいが伝統ある素敵な作り。音響がAueとかなり違う為、本番前に15分間の稽古時間があり、 前回の本番が上手くいった手応えをオーケストラの反応から感じる。 そしていざ本番。今回はフランクフルトから兄が駆けつけ、私の家族と共に鑑賞。 全体的にAueの本番よりさらに熟成されたものが出来上がり大変満足できる公演になりました。


駆けつけた皆さんと


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