会員掲示板



講演会
「箱根の自然を守って50年」に参加して


会員 昔農 英夫


2016年11月23日に川崎英憲氏(会員)が会長を務める「箱根を守る会」が発足50周年記念特別講演会を開催し参加しました。 小田原市にある県立生命の星・地球博物館の広い会場はほぼ満員の聴衆で埋まっており、 地元の方々の箱根を愛して止まない気持ちが開演前からひしひしと伝わってまいりました。 記念講演は箱根を守る会発足に至る経緯や50年のあゆみ、箱根の動物、箱根の植物に焦点をあてたもので会場を後にするときには、 いっぱしの箱根の自然通になった気分でした。

会設立の発端はハコネコメツツジという固有種を盗掘の被害から守るという市民運動と伺いました。 50年前は、高度成長期の只中で、箱根でも開発を進め目先の利益追求をという当時の社会風潮とは無縁ではなかったようです。 昭和43年には、芦ノ湖畔に大規模な国際会議場建設計画が持ち上がり、国や県、地元箱根町もが開発を 推し進めようとした。守る会はこれに異を唱え、最終的に自然や景観を守ることにつなげ、 今日の国際観光地として価値を維持し高めた慧眼と地道な努力に感心させられました。

会の経験した大きな活動に、箱根町仙石原小塚山のポーラ美術館建設反対運動があります。 結果的に、大規模なブナ林破壊を伴い美術館は建設されたのですが、将来同様な運動への 教訓をとの趣旨で活動の詳細な経緯が同会のホームページで公開されています。 私も美術館を訪れましたが、林の中に不釣合いなコンクリートとガラスの構造物、 それに大面積の有料駐車場に先ず違和感を覚えました。 自然の中の立地にも係らず、絵画展示スペースは外界と完全に隔絶され、 なぜ自然破壊までしてアクセスの悪いこの地に美術館を建設する必要があったのかとの 素朴な疑問が湧いてきました。ホームページで紹介されている活動の顛末記に、 開発の検討過程で県が実施した事業の環境アセスについて触れられています。 本来環境を守るべき目的の判断指標が逆に開発にお墨付きを与えるに至ったとの 記述に公共財である自然保護と営利追求の開発をめぐる許認可行政の問題の根深さを 垣間見たような気がします。

頻繁に箱根の自然と温泉の魅力を享受する者として今回の講演を契機に自然保護にも関心を寄せてゆこうと思います。 最後になりましたが素晴らしい企画に感謝いたします。



映画「ヒトラーの忘れもの」

会員 勝亦 正安

昨年11月、この映画を試写会で見る機会を得ました。

先の大戦がもたらした悲劇と残酷さを描いたデンマークとドイツの合作映画、セリフの9割はドイツ語です。

大戦中ドイツ軍の占領下にあったデンマークの海岸には連合軍の反攻を防ぐ為、 ドイツ軍によって200万個以上の地雷が敷設され、大戦直後の1945年、 地雷除去にドイツ兵捕虜が駆り出され、多くの命が失われました。

映画は、この危険な作業を強制されたドイツ少年兵捕虜11名と彼らを監督監視する デンマーク人軍曹の物語です。ドイツ憎しの軍曹は、当初、少年兵捕虜を過酷に扱いますが、 極度の緊張と空腹の中、帰国に夢を託して危険な作業に従事する彼らに接する内にナチスの罪を少年兵に 償わせることに疑問を抱くようになります。最後は、生き残った4人の少年兵を軍曹は逃がしてしまいます。

美しい海岸で匍匐しつつ、棒1本を頼りに地雷を探り当て、信管を抜く、一つ誤れば死です。 デンマークでもあまり知られていないが、多くは事実に基くそうです。

戦争のもたらす残酷さとその事実は忘れるべきではない一方、憎しみと復讐の連鎖を断ち切る、 歴史的「赦し」の必要性もあることを映画は訴えているのではないのでしょうか。

捕虜を逃がした軍曹のその後、生き残った少年兵捕虜4人の帰国後の人生、 映画は余韻を残しています。2年前に見た、ドイツ系ユダヤ人哲学者を描いた ドイツ映画「ハンナ・アーレント」とは違った角度から歴史の事実と人間を描いた映画です。

邦題は軽いのですが、内容は重厚、お勧めしたい名画です。
昨年12月17日から劇場公開されています。


Schwatzerei am Stammtischについて

会員 木原 健次郎
会員 大澤 由美子


湘南日独協会では、月に一度、ドイツ人とのお喋りの会(Schwatzerei am Stammtisch)を開催し、 事前に設定したテーマについて、ドイツ語・日本語で意見交換・情報交換をしております。 因みに、これまで以下のような多様なテーマでお喋りしてきました。(と言っても、議論が時にヒートアップしますが):
家族、余暇、環境、女性、外国人、国境、スマートフォン、動物、住生活、 生存本能、難民、人間関係、平和、モラル崩壊、身仕舞、貧困、日独関係。




6月28日の参加者、もう一名カメラマン役も


今回は、@ 5/14「個人情報保護」と、A 6/28「Inklusion」での概要を以下にご紹介いたします。 (議論の捉え方は、あくまで筆者の主観です)
会の目的は飽くまでお喋りですので、結論めいたものが有るわけではありませんが、 会合の内容・雰囲気から御興味をお持ちいただき、ご参加申込み頂ければ、幸いです。 又、本テーマに関してご意見が御座いましたら、お聞かせ下さい。

@「個人情報保護」Wie weit soll Persönlichesdaten geschützt werden ?

・新種犯罪増の背景もあって、個人が情報を、権利として提出しないという現象が各所で起きているが、これは社会全体としての効率低下・相互不信感に繋がっていないか?
個人情報保護法(2003年公布)自体は、個人情報の適切な取り扱い・保護を目的としたものだが、実際には以下のような混乱例が発生している:

a. JRの事故で、病院に負傷者が運び込まれた。その中に家族が居るか、負傷の程度は、との家族からの問い合わせに、病院は法を理由に情報開示を拒否した。
b. エスカレーターで転んだ人のまきぞえになって怪我をした人の例
 原因を作った人は誰かとの問い合わせに対し、エスカレーターを管理する鉄道会社が、第三者への個人情報提供として、回答を拒否。
c. 5千件超の個人情報を持つ同窓会の例
HP上に連絡先不明者の氏名・卒業年度を掲載し、情報提供を求めてきており、十分機能していたが、法律違反になるとの声で、中止せざるを得なくなった。
d. 団地自治会として、団地住民の家族構成等、基礎データとして有用だが、一部住民が提出を拒否する為、全体把握に繋がらず、実施できていない。

・法律を誤解した結果と思われる例もある一方、争い・訴訟(トラブル)に巻き込まれたくないという姿勢の表れもある。 犯罪の可能性があるならまだしも、そうでない場合は、余りに神経過敏ではないか?世の中が段々不便になって来た。

・オレオレ詐欺、ネット犯罪、名簿業者や悪質業者(訪問販売、押し売り)などの犯罪を考えれば、神経質にならざるを得ない。 特に団地住民の中には、濃密な人間関係を避ける為に団地生活を選んだ人もおり、昔のような近所関係にはもう戻らない。

・外国(欧米)では、日本の自治会にあたるものは聞いたことがない。隣人の個人情報は、友人関係の中で処理されるもので、 プライバシーに属するとの考えではないか。完全なリストの整備は管理の為の物で、管理は行政の役割という考えではないか。 日本では、伝統的に、災害経験などから、行政を補完する形で、民間が自主的にやって来たが、崩れつつある。

阪神淡路大震災に於ける人命救助の例では、所謂公助によるものが僅か3%に対し、隣人等共助によるものが30%であった事を考えれば、 日本の伝統的な近隣関係の重要性は、過剰に濃密にならない限り、貴重なもので、日本社会の特徴と言えるのでは?

・社会生活・人間関係の基本は、相互の信頼だと思うが、逆に不信が原点のような考え方は、個人だけでなく社会的にも不健康な事だ。 残念ながら、最近の日本は、その傾向が進んでいるように思える。

A「Inklusion」(障害を持つ生徒達を通常クラスに含めて行う教育)

・昔は障害児は障害児として、普通の生徒と区分して教育(盲学校等)をするのが一般的であったが、最近は日独とも、 色々な形で普通の生徒と共に学ばせるという形になって来ている。その思想的背景は、「障害」を各個人の持つ個性(特殊性) と見、それらの特殊性からなる多様性こそがあたりまえの事(通常)であるという見方であり、共生社会形成と同じ考え方である。

・障害と言っても身体的なものだけでなく精神的なものもあり、かつ知的障害を伴わないものもあり、 外見からは見分けにくい。精神的障害としては、学習障害、注意欠陥多動性障害、自閉症、アスペルガー症候群 (知的障害は伴わない。Einstein, Edison, Bill Gatesなども)等がある。

・日本の教育現場では以下のような指導実例がある: 低血糖のため、10時に甘いものを食べているAさん、バスに乗って出かけ買い物学習をしてくるBさん、 神経覚醒のためにブランコに乗ったりボール遊びをしたりするCさん、普通授業を受けいる子供たちに とっては羨ましいことだけれど、ここで、自分とは違う他者を理解させるという指導が行われる。

・実際の教育現場では、教師の負担、親の理解など課題が多そうだが、上手くいけば人間愛を実現した 理想的な教育と言える。又、教師としても、埋もれた才能を見つけ出す喜びを味わえるだろう。

・Inklusionの考えは、異質性を積極的に包含してゆくという事なので、教育のみならず、 社会的な展開の可能性(独の移民対応の例など)も持つ。但し、概念として必然的に境界を 取り除くという事になるので、慎重に進めなければ、Chaosに陥るリスクも孕んでいると思われる。

参加者の感想の一部
 ちょっと難しいテーマが続きましたが、ドイツ語日本語が飛び交い、熱いまた楽しい時間でした。
湘南在住のドイツ人の参加者からドイツと日本の比較等具体的発言が聞け、自分自身の経験と重ねて新しい 発見がありました。(A.O)






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