5月例会
講演会 原発と海 川崎健先生
会員 小田 武司
川崎 健 先生
福島での東日本大震災による原発事故の後、エネルギー政策をどのようにするかが大きな課題になっている。日本政府が原発再稼働によって2030年で約20-22%の電力を原発によって賄う方向を示しているが、今回の川崎先生の講演は詳細なデータに基づき、原発を稼働させることによって起こる諸々の課題について、詳しく説明された非常に貴重なものであった。
まず、ドイツのメルケル首相の政治決断が報告された。メルケル首相自身はこれまで核の平和利用を賛成されていたそうだが、福島の原発事故を契機に考えを変えられた。高度に技術の発達している日本で起こった福島原発事故によって、原発には予測不能なリスクが存在することがわかったからだと言われている。ドイツは2022年12月31日までに最後の原発は停止することが決定されている。これはメルケル首相の政治的な決断であった。
ドイツのエネルギー転換スケジュール
1. 2020年までにすべての原発の閉鎖
2. 化石燃料の削減と再生利用エネルギーの拡大
3. 移行期に天然ガス使用
4. 配電・送電ネットの刷新
5. 使用済核燃料の恒久的処分
将来の課題
6. 4つの電力会社の改革
7. 100%再生可能エネルギー・システムへの転換
8. エネルギー供給分散化対応インフラ整備
9. 新しい制御と送電システムの構築
10. 原子力発電システムと化石燃料発電システムが残した「遺産」と危険物の解決策を見つけること
ドイツでは20年以上前から自然エネルギーの開発を進めて来ており、上記2および7を裏付けている。最大の難事業は5と10であり、原発の早期停止が必要である。
これに対して日本はなお原発に固執しており、政府は2030年の電源構成で、原発依存度は20−22%、再生エネルギーは22−24%、そして温室効果ガスの削減目標は25%との方向である。
原子力発電の歴史
1938年にドイツでウラニウムの核分列反応が発見され、ウラン235に中性子を衝突させて分裂させることに成功した。1939年にアメリカの核物理学者エンリコ・フェルミがウランの核分裂を爆弾や動力に使用する可能性に言及した。アメリカ海軍は、潜水艦の長期潜航のために海軍研究試験所で原子力研究を開始し、1942年には熱拡散法の技術が完成した。これが核分裂エネルギー利用のはじまりである。一方でアメリカ陸軍主導にて原爆製造計画がスタートし、1945年7月16日に世界初の核爆発実験が行われ、続いて8月6日と9日に広島と長崎に原爆が投下された。海軍の最初の原子力潜水艦は1954年に完成した。この原子炉はSTR(Submarine Thermal Reactor)と呼ばれているが、ここから発展したのが加圧水型原子炉PWRで、原発に使用されている。川崎先生は、原子力の利用はそもそも軍事目的で進められており、ここに今日の原発問題の根源があると主張されている。平和利用のための研究から始まっていたとすれば、廃棄物処理や安全性の研究が先行し、原子力技術は違った方向に進んだであろう、と説明された。世界で最初の原発は、ソ連のオブニンスク原発で1954年に運転を開始した。アメリカではシッピングボート発電所の原発が1957年に運転を開始した。
2011年3月11日に東電福島第一原発が地震津波により大事故を起こした。2015年4月24日に日本学術会議は、「高レベル放射性廃棄物の処分に関する政策提言」を行った。“原子力発電による高レベル放射性廃棄物の産出という不可逆的な行為を選択した現世代の将来世代に対する世代責任を真摯に反省すべきである。”原子力発電の最大の問題点は、高レベルの放射性廃棄物の処理処分が困難なことである。
この廃棄物をどのようにして人間社会から隔離するのか。“フィンランドとスウェーデンでは、国民的合意を得て、最終処分に向けた活動が進められている。スイスでは、2015年2月に地層処分候補地2カ所が決定され、調査が開始された。フランスでは公開討論会を経て、地層処分の2025年の運転開始を目指した手続きが進行中である。カナダでは、深地層処分政策が確認されており、長期保存サイトとして、4か所の予備調査が終了している。ドイツでは、核のごみの処分計画について再評価を実施中であるが、その作業は迅速に進められている。
日本は地震大国であり、火山列島であり、隆起および断層運動など地質学的に大きな不安定性を持つ国である。自国で発生させた核のごみは原則自国で保管・処分すべきと国際条約で制約されている。(学術会議提言)“
また汚染水対策が大きな課題である。海岸に立地している福島原発では、冷却水と地下水が汚染水として増大し続けている。これらの汚染水の浄化をセシウム除去装置などで実施中であるが、トリチウムは除去できない。汚染水対策は進められているが、なお多くの課題をかかえており、汚染水を海洋放出することなく安全に貯蔵することが、必須の課題である。
今回川崎先生のお話を拝聴して、原発事故による被害が超長期的に甚大なものであることが改めて強く認識させられた。しかしながら、現在においてもなお原発を再稼働することに性急な電力会社が多く、しかも政府もそれを後押ししているように思われるが、果たして危機管理体制が十分に考慮されて、整えられるようになっているのであろうか。残念ながら私たちがマスコミなどを通じて入手する情報は、表面的であったり抽象的なものであったりして、それに対する回答をまったく得ることが出来ないのが現状だと思う。
本来、しっかりした危機管理体制の下に、可能な技術を充分に採用して安全性を確実に維持し、その上で原子力を人類のために活用していたのであれば、事情は大きく違っていたのではないだろうか。政治や経済が、技術に対してより真摯に向き合い、技術をもっと重視して活用していけるような世の中を実現することは、夢のまた夢なのだろうか。
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