6月例会 報告
グリム童話と森
−現代環境意識を育んだ「森はわたしたちのもの」の伝統−
講師 情報通信医学研究所 主任研究員 森 涼子 氏
会員 山口 泰彦
山口 泰彦 氏
6月24日(日)に開催された例会では、ドイツ文化史、キリスト教史がご専門で、
現在は情報通信医学研究所主任研究員の森涼子さんにご講演いただきました。
グリム童話というと、子どもの頃、児童文学全集で
「ヘンゼルとグレーテル」や「ブレーメンの音楽隊」などいくつかの物語を読んだ印象が残っていますが、
実は最近、岩波文庫の『グリム童話集』全五冊を装丁箱入りで購入して、
「さあ、読もう!」と意気込んでいたところでしたので、ちょうどいいタイミングで今回のお話をおうかがいすることができました。
それではさっそく森さんのお話に移りましょう。
1. ドイツ人にとって森は特別な場所
ドイツ人の森への思い入れは以前から強かったのです
最初に森さんがお話されたのは最近の事例。
その一つが、ドイツの森林管理官だったペーター・ヴォールレーベン氏の著書
"Das Geheime Leben der Baume" (2015年 邦訳は長谷川圭訳『樹木たちの知られざる生活』2017年 早川書房)
がドイツ国内でロングセラーを記録していること。
この本によると森の中の木はお互いにコミュニケーションをとり、助け合っているのだそうです。
そしてもう一つの例が、シュピーゲル誌が1981年に酸性雨の影響によって
「森が死んでいく」という表現で特集を組んだことが大きなインパクトとなり、
その後、環境問題が大きな政治的課題となって1983年の連邦議会選挙で環境政党「緑の党」が初めて27議席を獲得したこと。
酸性雨はドイツ以外の国にも降り、森林が被害を受けているはずですが、ドイツではこのような大きな政治的動きになりました。
2. いつからドイツ人は森が好きになったのか
では、ドイツ人はいつから森が好きになったのでしょうか。
少し時代をさかのぼると、ナチスが「永遠の森林」を「永遠のドイツ民族」に結び付け、
森林保護をドイツ民族意識高揚のイデオロギーとして利用しました。
さらに時代をさかのぼると、ドイツ・ロマン派のグリム兄弟が集めた民話集『グリム童話集』
(初版 第1巻1812年、第2巻1815年)にたどり着きます。
『グリム童話』では「ヘンゼルとグレーテル」のように、
恵まれない境遇の主人公二人が森に入り、知恵を使って危機を乗り越え幸せになるという、
「チャンスを与える場」として森が描かれています。ロマン派にとって、欺瞞に満ちた森の外の世界に対して、
森は転機の場所だったのです。
しかしながら、ドイツ・ロマン派以前の森は違いました。
ドイツ中世の英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』で、
ドラゴンを倒し不死身の体を得た英雄ジークフリートは、その後の闘いでも勝利をおさめましたが、
森の中で家臣に裏切られ殺されてしまいます。
中世では、森の外の世界は英雄が活躍する場で、
森の中はあってはならない裏切り行為が行われる場所でしたが、
ロマン派が森のイメージを変えたのです。ロマン派が森に対する思い入れの出発点でした。
講師の森さんからは、他にも森の利用権をめぐる領主と農民の争いなど
とても興味深いお話をご披露いただきましたが、紙面の都合でとてもすべては紹介しきれません。
詳しくは森さんの著書『グリム童話と森』(2016年築地書館)をぜひご覧になっていただければと思います。
ドイツ人の森に対する思いや、その変遷と時代背景がとても丁寧にわかりやすく書かれています。
そして何より筆者である森さんの森に対する思いが伝わってきます。
最後になりましたが、森様、このたびはお忙しい中、ご講演をいただきどうもありがとうございました。
森先生の著書 先生を囲んで
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