7月例会「クニフラー/イリス商会の歴史」を傾聴して幕末日本に想いを馳せる

会員 廣川貴男



佐藤剛氏(イリス顧問)



  7月25日に催された(株)イリスの顧問・佐藤剛氏による講演「クニフラー/イリス商会の歴史」は、まことに興味深く、蒙を啓かれること尠くなかった。 氏が顧問を務める(株)イリスとは、幕末の安政6年(1859)長崎にやって来た二人のドイツ人、クニフラー(Louis Kniffler)とギルデマイスター(Martin Hermann Gildemeister) によって創業された150年余りの歴史を持つ商社である。
  明治13年(1880)、時の支配人イリス(Carl Illies)の名をとって、C.Illies & Co.と社名を変更し今日に至っている。 佐藤氏は同社のハンブルク本店に保管されていた創業以来の古文書に接する機会があり、(株)イリス退社後の今もその解読作業を続けられているという。 独・仏・英の諸語で記された157通ものこれらの書簡類は貴重な一次資料という他なく、在来の同工異曲ばかりの幕末関連歴史書からは窺知できぬ、 秘話、裏話の類いが散りばめられている。パソコン・プロジェクターを使って紹介された多数の図版の中には、慶応3年2月、 クニフラー商会と土佐藩の後藤象二郎との間で交わされた船舶の売買に関する約定書も含まれている。
  クニフラー/イリス商会150年史の中でも取分け興趣を覚えるのは、幕末の創業間もない時期の事共である。2001年3月の湘南日独協会の例会で、 「幕末日独交流史余聞〜シュネル兄弟の事跡」と題し、多数の会員の前で発表したことのある私にとって、クニフラーは未知の偉人とも思えず、 共に武器を取扱うプロイセンの商人として同時期に来日したシュネル兄弟(Schnell, Edward/Henry)とクニフラーは、 日本の何処かで会ったことがあるのではないか、と思えるのである。司馬遼太郎に倣って言えば、ビルの屋上から眼下を行き交う行人を眺めるとき、 これまでお互い没交渉と考えられた二人の人物が、すれ違いさま、会釈か握手でもしていたのでは、などと歴史を俯瞰しつつ妄想することに密かな悦びを感じるのである。
  クニフラー商会を含め日本に進出していた外国商社がこの動乱期、どのくらいの量の兵器類を、どの藩に、いかほどの金額で商っていたか、詳細なデータが分かると、 戊辰戦争を新たな視点で照射できるのだが。と言うのも、この戦争の勝敗の帰趨には、使用した武器の優劣・数量が大きく関わってくるからである。 幕末の横浜でアメリカ人ヴァン・リード(E. M. van Reed)が刊行していた『もしほ草』という新聞の慶應4年9月10日付けの一節には、次なる記述が見える。 「…当時仙台・会津・米沢・庄内にて日本国中の官軍を相手にとり戦うとなれば、敵に新手を入れかえせめられ、力つきるにいたるべしと、外国人これを案ぜり。 殊更南方の兵は、亜米利加製のスペンゼル元込の銃を用い、北方の兵は古風なるゲベールを用い、敵十発の内僅か一発を放つ事なれば、 今春鳥羽伏見の敗北もどうようの訳なり。かく兵器あしくては勝利を得べき見据えなく、漸々と没く如く亡びん事いかにもきずかわし」
 日本での内乱中、滞日外国勢は幕府側の通達に基づき、表向き局外中立を守っていたが、「死の商人」として暗躍する外国の武器商人は、 そんな事お構いなしに幕府軍・倒幕軍双方に小銃や大砲を売っていた。
 戊辰戦争が終結をみる明治2年(1867)5月に至る幕末の十数年間に輸入された小銃の数量は、洞富雄氏等、斯界の専門家の試算によると、 70万挺とも80万挺とも推計されている。その種類はゲベール銃の如き前装滑※の旧式のものから、 スペンサー銃・シャスポー銃のような後装施条の最新銃まで89種類の多きにのぼっていたのである。幕末の日本は宛ら銃器類の国際見本市の如き観を呈していた。 鉄砲の性能は日進月歩する。戦争ともなれば更に加速する。そして戦争が終われば、蔵にしまわれ旧式化が進む。兵器類の持つこうした宿命は、 武器商人にとって格好のネタになる。アメリカは1861年4月から65年4月迄4年に亘る南北戦争で、多くの武器が開発され生産され使用された。 終戦とともにお蔵入りとなり、やがて廃銃の道を辿る。南北戦争に先立ってドイツやイギリス、フランスも一度ならず戦争を経ている。 武器は他国の紛争地域に持って行けば、需要はいくらでもある。単価も高く大量に消費される。「死の商人」がここに目をつけぬ筈がない。 今日に変わらぬ武器市場の殷賑振りである。グラバー(Thomas Blake Glover)然り、シュネル兄弟然り。一介の武器商人が一国の運命を左右しかねない影響力を持つのである。 グラバーなぞは薩摩藩との盟約により、同藩に大量の兵器を供給し、西軍を勝利に導いた功労者として、明治41年(1908)時の政府(薩長閥)から勲二等旭日重光賞を贈与されている。 創業期のクニフラー/イリス商会の場合はどうであったのだろうか。私の最大の関心はそこにあった。

※は月偏に唐です(編集人)


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