(特別寄稿)
インターネットのドイツ語


名誉会長 岩負p二郎



望年会での岩負p二郎氏


 「ルゥー不要!デミグラスソース不要!長時間の煮込みも不要!おうちにある材料で超簡単に出来る、一押しの一品です」 これはたまたまインターネットで拾ったもので、どうやらライスカレーのコマーシャルらしいが、「超簡単に」や「一押し」は、明治や大正はもちろん、昭和初期の人たちとっても読解不能の日本語にちがいない。「超」について言えば、「超満員」「超一流」のように日本語特有の〈体言〉につけるならまだしも、「いま超とてもスマホが欲しいんです!」や「当日朝から調整をはじめて、すぐにグラススキーを乗りこなしてしまうあたりは超さすがでした」などのように副詞と結びつけたりするのは、ネット言語ならではのことだろう。「一押し」を「ひとおし」と読む人は正常な言語感覚の持ち主だが、正しく(?) は「イチオシ」と読むらしい。どうやら「いちばんのお勧め」の意味らしく、「イチオシ番組」「通販イチオシ商品」等々、例を挙げればきりがない。
 インターネットに風変わりな表現が氾濫するのはドイツ語でも御同様だが、ここではその一例として、So Leute gibt es auch. を取り上げてみたい。直訳すれば「そんな人々も存在する」ということで、たとえば、「あいつにも困ったものだ、平気で嘘をつくんだから」という相手の言葉を受けて、Tja, so Leute gibt es auch.(でもねえ、そんな連中もいるのさ)と答えたりするわけだが、正しくは Solche Leute gibt es auch. とすべきであって、Ist er wirklich krank? - So habe ich gehoert.(あの人、ほんとに病気なの? - そう聞いたけど)や Sei nicht so boese!(そんなに怒るな)などに見られるような副詞 so が、直接 Leute のような名詞を修飾することはあり得ない。厳密に言えば、これは誤用である。
 いささか専門的になって恐縮だが、おおまかに説明しよう。so が「そのよう」「それほど」を意味することは、上の例文でも明らかだが、「そのような人間」、「そのような考え」、「そのようなこと」のように so が名詞に直接かかる場合には、so ein Mensch、so ein Gedanke、so eine Sache のように、かならず不定冠詞を介さねばならず、so Mensch、so Gedanke、so Sache のような表現はあり得ない。それでは複数形はどうなのか、ということになるが、その場合にも so Menschen、so Gedanken、so Sachen とするわけにはいかないので、指示代名詞(正確には指示形容詞)solch の助けを借りて、solche Menschen、solche Gedanken、solche Sachen とするのが通例である。十八世紀あたりから今日までの文芸作品にも、筆者の知るかぎり、so Menschen、so Sachen 的な具体例は、皆無とは言わないまでも、ほとんどないに等しいし、現に、ドイツ語圏の native speaker に so ein Mensch の複数形は?と尋ねてごらんになれば、異口同音に solche Menschen という答えが返ってくるはずである。
 上に So Leute gibt es auch. という例を挙げたが、それでは趣向を変えて、So Dumme gibt es auch. の場合ははどうだろうか。両者は一見よく似てはいるが、前者が厳密には非文(文法的に正しくない文、ungrammatical sentence)であるのに反して、後者は文法的にも非の打ち所のない文、という大きな違いがある。それはなぜか。文頭の So Dumme は、実は so dumm(それほど愚か、そんなばか)という形容詞が名詞化したもので、So Dumme gibt es auch. の文意は「それほどの愚か者も存在する」であり、Ja, so Dumme gibt es auch bei uns in der Klasse. なら、「ああ、おれたちのクラスにはそんなばかな連中もいるのさ」ということになる。つまりこの場合の so は、冒頭の So Leute gibt es auch. に見られるような指示形容詞ではなく、Wir muessen allmaehlich nach Hause. - Ist es schon so spaet?(そろそろ帰らなくては - もうそんなに遅いのかい?)、Ich habe so Hunger! (すごく腹がへったな)などのように、程度の高さを示す副詞だからである。  ネットに跋扈するこの種の実例をいくつかお目にかけることにしよう。Ich verstehe so Menschen wie dich nicht.(ぼくにはきみみたいな人間が理解できないね)/ Ich wuenschte, es gaebe mehr so Lehrer wie Dich.(きみみたいな教師がもっといればいいのに)/ Auf so Buecher halt ich gar nichts.(そんな本には全然興味ないね)/ Ich suche so Buecher oder Texte auf Englisch, die einem Niveau der 9. /10. Klasse Gymnasium entsprechen. Kann mir da jemand etwas empfehlen?(ギムナジウムの9学年から10学年にかけての学力に相当する英語の本またはテキストを探しています。どなたか教えていただけないでしょうか?)/ Dass so Verbrecher wie Hitler ueberhaupt an die Macht kommen konnten, war auch eine Mitschuld der Siegermaechte des 1.WK.(ヒトラーのような犯罪者がそもそも政権を掌握できたということは、第一次世界大戦の戦勝国側にも共同責任があったのだ)。
 それではそろそろ紙数も尽きたので、最後に so が不定冠詞を介さずに単数名詞と結びついている例(むろん誤用)を一つだけお目にかけよう。So Musik wie die von Michael Jackson zum Beispiel, der Mann hat ein deprimierendes Leben, aber das merkt man seiner Musik nicht an.(たとえばマイケル・ジャクソンの作るような音楽だけど、あの男はわれわれの気持を滅入らせるような暗い生活を送っているのに、彼の音楽にはそれが感じられないんだよ)。英国出身の歌手ブレット・アンダーソン(Brett Anderson) がライン河畔の都市ケルンでドイツの雑誌記者と対談したさいのジャクソン批判の言葉だから、英語での対話の独訳と思われるが、ということは、so Musik のような表現が、ドイツのジャーナリズムの世界でもすでにごくふつうに使われているということだろう。


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