6月例会 講師・寺田雄介氏
「文化都市ベルリンの魅力」
に出席して


会員 小田武司



小田武司氏


 ベルリンという都市の名前は私たちにとって非常に身近に感じますが、その実態については多くの日本人にとって、多くを知っているとはあまり言えないのではないでしょうか。寺田理事の講演では、そのような私たちが知っているようで実は良く知らないベルリンを、非常に丁寧に紹介していただけました。その中でも大きなポイントとなったのは、新しいヨーロッパの文化のセンターとして成長しようとしている現在のベルリンの姿ではないでしょうか。
 1989年にベルリンの壁が崩壊して14年近くが立ちました。それまでのベルリンは遠くにあってあまりよく見えない町だったと思います。東ベルリンと西ベルリンの間を隔てていた厚い壁は、言うまでもなく東西ベルリンの人々の自由な往来を完全に遮断していましたが、そのような状況下でなお、ものすごい数の東側の人達が命を危険にさらしながらも敢えて西側に脱出しようとした記録は、現在街の一角でしかなくなったチェックポイントチャーリーにある博物館でも見ることができますが、それらの人々の心は私たちの想像をはるかに超越したものだっただろうと思います。
 そのチェックポイントチャーリーにも当時百メートル以上もある幅の検問所がありました。数百台のトラックがこの検問所を通過するために、この空間に待機していたもののようです。そのチェックポイントチャーリーも、今はその面影をまったく残すことなく、すっかり変貌をとげて「普通」の街角に変わっています。わずか14年でここまで完全に変貌をとげていることが、忌わしい過去を何としても一刻も早く拭い消し去りたい、ベルインの人達の気持ちを表しているのではないでしょうか。
 一方で、ドイツでは第二次世界大戦が終結した翌日から、戦火にまみえた教会などの歴史的建造物を、再建し始めたという話を聞いた事があります。瓦礫と化した石をかき集め、使える物は正確に元の位置に据えて、そして足らないところには新たに工面した石をあてがって、その建物を復元しようとした人達の心、それは今の私たちには容易に理解できるものではないように思います。ドイツでの戦災は、我が国のそれとおおよそ似たような状況だったと言われています。特に都市部での戦禍は強烈で、食べる物すらほとんどなく、自分たち自らの生活がまったくなりっていない状況の中で、このような再建の動きがあちこちにあったことは、人々の心を理解する上で極めて重要であると思います。
 音楽が好きな私にとっては、ベルリンフィルが若いころからずっと憧れの存在でした。今年5月についにその夢が実現し、ベルリンフィルを聴きに行くことが出来ました。そのコンサートホールは、外から見ると形も外壁の色も、正直あまり印象に残るような建物ではありません。しかし、ホールの構造と音響効果は、これはまたものすごくすばらしいものでした。ステージと客席の隔たりが殆ど感じられず、たまたま私は最前列の中央左側に座っていたのですが、ホールのセンターで聴くのと変わらない、極めてバランスのとれたすばらしい音に包まれました。オーケストラの指揮者も演奏者も国際色豊かで、指揮者はスウェーデン人のブロムステッド氏で、演奏者には特に若手の方が多かったように思います。ベルリンが国際都市として発展しているという強い印象を受けました。
 ベルリンの再開発は、まだその途上にあるように思います。一方で歴史的文化をしっかり保ちながら、新しい文化を取り入れ、そしてまた創造して、堅実な足取りで一歩一歩文化都市としてヨーロッパの中心的存在に発展していこうとしているように思います。




講師 寺田雄介氏


Copyright(C) 2008- 湘南日独協会 All Rights Reserved.

 

.