湘南日独協会創立15周年記念
小岩井農場探訪記


会員 上原勲





岩木山を背景に小岩井農場にて 後列右より二人目が上原勲氏



 岩手・小岩井農場。そこは若き日からの小生の憧れの地であった。というのは嘗て新潟で友人となった若き獣医君から彼の農場実習体験を聞き及んでいたからであった。行ってみたい、という夢をなんとこの度湘南日独協会の皆さんとの旅が適えてくれた。
 さて、旅の始まりは11月4日、東京駅に朝7時30分集合。参加者12名、早朝なのに時間厳守でよく集まったものだ。新幹線で談笑のうちに11時前に岩手の新花巻に到着。バスで紅葉の林に囲まれた宮澤賢治記念館へ。賢治の自筆原稿や多彩な資料を見学した。「雨にも負けず....」の詩しか知らなかったが、賢治は童話、宗教、科学はもちろん、絵画、音楽にも手を染め、もともと専門であった農業の指導まで実に多くの顔を持った人だったことにびっくりした。高台の記念館からは紅葉を縫う北上川の悠揚たる流れが眺められた。




宮沢賢治記念館



 次いで新渡戸稲造の記念館へ。武将の家柄の出でありながらクリスチャンとなりアメリカ、ドイツにも留学。国際人、教育者としても名を馳せた人物がこの土地の産だとは。
 次に訪れたのは「智恵子抄」で知られた高村光太郎記念館と彼の住まいであった。森を背に小さな建物が見えてきた。行ってみてびっくりした。建物の中に、更に小さな粗壁の小屋があった。狭い土間に囲炉裏のある六畳ほどの板敷きの一間。3畳半と説明されているが多分全面に畳を敷いたわけでもなかろう。そして彼の生活を偲ばせる若干の品々と壁には取り付け書棚。土間を挟み向かい側に竈、トイレ、それだけだった。
 最初に目にした建物は小屋を保存するための鞘堂であった。さてさてここの主、嘗てはアメリカ、英仏に留学し、彫刻、音楽、絵画等の西洋芸術を飢え渇くが如く吸収し、新芸術を日本に紹介した人物の住まいとは!!妻の智恵子を亡くした後、空襲で東京の家を失い、この地に移り住み、6〜7年畑を耕しながら地元の農民と共に生きたのだ。
 貧しく朴訥とした東北に斯様に豊かな人物が生きていたとは驚きの発見だった。

 この夜は盛岡の西、雫石町のホテルに宿泊した。さて次の日いよいよ小岩井農場訪問の日だ。南部富士とさえ呼ばれる優美な岩手山が碧空にスッキリ聳え、森の樹々は紅葉、また黄葉に輝いていた。小岩井。なんと響きのよい名前だ。由来を聞いて、そうだったのかと合点した。農場の創立者は小野義眞(日本鉄道会社副社長)、岩崎彌之助(三菱社社長)、井上勝(鉄道庁長官)の三氏の名前の頭字を取って名付けられた。岩崎氏はなんと湘南日独協会の初代会長の岩崎英二郎さんの祖父に当たられる方であると知った3人の先人の夢と力の結集によって、岩手山麓の火山灰土で樹木も生えぬ広大な荒地を土壌改良し、植林をした。小岩井は今年で122年になるという。農場は1世紀以上の年月をかけて現在のように美しい牧場に仕上げられてきた。




農場風景



 農場に着くとスタッフの方に迎えられた。まず案内されたのは一般には非公開の岩崎家の別荘だ。大正時代に建てられた瀟洒な純和風建築で、今日では貴重な遺産である。続いて農場内バスツアーである。若い女性スタッフの軽妙でユーモアあふれる説明を聞きながら小一時間のツアーを楽しんだ。農場の広いこと!900万坪の農場は森や林で区画されており、全体で東京山手線内の半分の広さだと聞いて魂消た。




農場内見学



 明治36年に建てられた有形文化財の本部事務所(本社)を初め、要所要所に大きな牛舎や倉庫がある。積み上げられ、まーるくカバーに包まれた幾つもの干草の玉が広い草原に整然と並んでいた。そうすることで干草は発酵し、飼料としての栄養価が高まるとか。家畜排泄物を利用したバイオマス発電所まである。古い施設は大切に使い続けている。牛たちにストレスがかからないようにと配慮し、のびのびと過ごしている様子が印象的であった。ここには3千頭の乳牛の他、鶏を飼育して、各種乳製品、食肉、鶏卵を生産しているから驚く。チーズ、バターなど小岩井ブランドの乳製品はチョットお高めだが、小生の大好物である。農場は他に山林事業や環境緑化、観光の仕事までしていると言うから牧場の仕事の裾野は広いとつくづく感心した。
 観光客がゆったりできる広々とした「まきばの広場」のレストランで緑の広場を見渡しながらおいしい昼食をご馳走になった。この眺めの中で仲間たちと食事するひと時は至福の時であった。
 東北の秋は燃えていた。私たちの旅は東北の土に命を燃やした偉大な先人達に心ゆくまで出会えた旅だった。
 この旅を呼びかけてくださった三谷さん、旅の中身を企画し、旅行中お世話くださった木原さんと大澤さん、そして現地でご案内くださった小岩井農牧の辰巳さん、そして旅の仲間たち。素晴らしい旅をありがとうございました。




特別に閲覧を許された「聴禽荘」


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