湘南日独協会会報 Der Wind

 VOL.22 NO.3 通巻 128
 発行 2020.06.14
 更新 2020.07.29

   

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新型コロナヴィールス問題に想うこと

湘南日独協会会長 松野 義明

2019年12月半ば頃から2020年1月頃にかけて、新型コロナヴィールスという言葉が、 新聞やテレビの報道でしばしば話題になり始めました。 横浜港に入港していたクルーズ船ダイアモンド・プリンセス号の乗客への感染拡大が話題になり始めたころは、 正直に白状すると、私は、まだ、あまり大きな関心を持っておりませんでした。 しかし、その後、感染者数の増加速度が異常に大きく、しかも、 感染範囲がほぼ全世界に拡大していることを知るに至って、 非常に深刻な問題として考えるようになりました。 日本政府も、諸外国に比べると少々決断が遅れたようですが、 4月7日には緊急事態宣言を発令しました。それと共に、 様々な商業施設の営業自粛要請などとともに、我々の日常生活には、 三密の回避、手洗い、うがいの励行、マスク着用などが推奨され、COVID-19、 パンデミック、クラスター、オーバーシュート、ステイ・ホーム、テレワーク、ロックダウン、 ソーシアル・ディスタンス、PCR検査などといった耳慣れない言葉が飛び交い、 それらによって経済活動、教育活動、文化活動、家庭生活等に大きな制限が加えられました。

湘南日独協会もその例外ではなく、会員の皆様が心待ちにしてくださっていた3月、5月、6月の講演会はすべて中止、談話室SAS、 読書会もしばらくお休みにせざるを得ない状況で、 上記催事に多大なご関心をお寄せくださっている皆様には大変なご迷惑をかけることになってしまいました。 ドイツ語講座に関しましては、講師の先生方の熱心なご協力のお陰で、 オンライン講座という形をとって継続しております。 また、本来ならば、4月26日に、 会員の皆様のご出席を得て行うことになっておりました当協会の年次総会も、 電子メールと郵便の両方を用いた書面議決という異例な措置を取らざるを得ない事態でしたが、 会員の皆様のご理解とご協力のお陰で、無事済ませることができました。この場を借りまして、感謝の意を表させて頂きたいと思います。

私事ではありますが、ステイ・ホームの有効利用を模索しているうちに、 高校時代に読んだアルベール・カミュの「ペスト(1947年初版)」を思い出し、 我が家の書架の世界文学全集の中から引っ張り出して、読み返してみました。 そして、大変驚きました。正に、現代の新型コロナヴィールス問題そのままを予言する小説であったからです。 カミュは中世ヨーロッパを襲って人口の30%以上の命を奪ったペストを不条理の最たるものと捉えて、 自らが生まれ育ったアルジェリアの港町オランを舞台として、壮大な思考実験を行ったのでしょう。 港町オランがペストに侵されて、町全体が先の見えないロックダウンを余儀なくされた結果、 住民の普通の生活や経済活動が完全に麻痺し、肉親も引き割かれかねない究極の状況に直面して、 人間はどんな反応するのかという壮大な思考実験の報告書でもあったからです。

現在、我々が文化交流の相手国として長い間親しくお付き合いしているドイツといえども、 今回の新型コロナヴィールス災害のように、日本とドイツが全く同じ時期に、 全く同じ災害に襲われたことは、そう頻繁に見られる現象ではないと思います。 つまり、パンデミックはそう頻繁には起こらないものだとすれば、 日本とドイツ両政府の同一災害に対する施策の底を流れる基本的価値観の違いや、 施策立案に関して基本的なものの考え方の違いや、両国の各都市の災害対応措置の違い、及び、 その都市の住民の反応の違いを比較検討する貴重な機会かもしれません。 このような切り口から、両国文化の相互理解を深めることにより、互いに学び合えれば、 将来同じような災害に見舞われた時のより優れた施策立案のためによい参考になるでしょう。

今回の新型コロナヴィールスによる災害が自然災害として不可避なものであったのか、 あるいは、人為災害で、原理的にはパンデミックは避けられるものであったのか、 私には判断する能力はありませんが、いずれにせよ、災害を被ることは不幸なことです。 しかし、それを克服する過程から得られる知見はかけがえのない貴重な宝でもあります。 日本に比して移民、難民が多く、宗教の違いも絡んでくるドイツでは、 医療活動にも複雑さが表面化する場面もあったことが想像されます。 今後予想される日本の状態も勘案しながら、ドイツから学んでおくことが沢山あるようです。


第21総会議案決議結果のご報告

書面(電子メールを含む)にて行いました、第21回湘南日独協会定時総会の議案決議結果を下記にご報告致します。
会員数130名(正会員:119名, 家族会員:10名, 学生会員:1名)の正会員119名と学生会員1名の計120名に総会資料を送付しました。

会員の決議状況
第1号議案 2019年度活動報告
 有効回答数58名 承認 58名 非承認 0名 結果:承認可決
第2号議案 2019年度会計報告
 有効回答数58名 承認 58名 非承認 0名 結果:承認可決
第3号議案 会計監査
 有効回答数58名 承認 58名 非承認 0名 結果:承認可決
第4号議案 役員選出
 有効回答数58名 承認 57名 非承認 0名 結果:承認可決
第5号議案 2020年度活動計画
 有効回答数58名 承認 58名 非承認 0名 結果:承認可決
第6号議案 2020年度予算案
 有効回答数58名 承認 56名 非承認 2名 結果:承認可決

よって第1号議案〜第6号議案まですべての議案が承認可決されました。

今回は新型コロナ感染症の防止策として書面での総会を開き、民様のご協力を頂き、 無事に成立出来た事を心より感謝いたします。また、貴重なご意見も頂き有難うございました。 内容については検討し機会を見てご披露申し上げたいと考えております。

なお、関係資料の一部に間違いがありました事をお詫び申し上げます。


インターネットでのドイツ語講座

9月限定「オンライン特別講座」開催決定! (2020.07.29 更新)
 ドイツ語講座は、10月から今年度の秋冬期講座をスタートさせますが、
 それに先立ち、9月には「オンライン特別講座」4講座、開催します。
 いずれも大変魅力的な講座です。

 1. 中川純子講師「ドイツの新聞を読む:Lesehundはどんな犬?」
 2. 松野義明講師「楽しく学ぶ、ドイツ語学習のカギ」
 3. フリース講師「初級会話」
 4. フリース講師「中級会話」

  詳しくは、こちらをご覧下さい


ドイツ語オンライン講座の様子


フリース先生の会話講座

ドイツ語講座は、2020年度春夏期をオンライン授業としました。

4月半ば、講師の中川先生から大学の授業のオンライン化の取り組みをふまえて、 オンライン授業のご提案をいただいたとき、その経験がなかった講座担当は、 すぐには切り替えの決断がつきかねました。 大学生とドイツ語講座受講生とでは違うのではないか、との危惧もありました。 しかし、この状況下での対面授業は不可能であるとの認識から、今期のオンライン授業を決定しました。 決定後、政府の緊急事態宣言が延長され、会場としてきたミナパークへの立ち入り不可能となって、 変更は良かったと改めて感じました。4月27日、4月30日にはラインとズームによる「お試し」を実施しました。

オンラインによる語学学習は、受講生が自宅を始め、どこからでも参加できることに加え、 講師と受講生の個々の対話が緊密に行えること、 またテキスト等も必要に応じて身近な画面で確認できるなど、 実際に行ってみれば、学びやすい形態であることがわかります。 対面授業では、白板に書かれた文字を見るときに、 人によっては眼鏡が要りますが、それが目の前のパソコンやスマホに表示されます。 必要事項や質問を後からメールで確認できる利点もあります。

講座内容:
  中川講師「文法」「新聞講読」 15回
  フリース講師「初級会話」「中級会話」15回

今期は、便利な回数割を適用し、いつからでもご参加いただけるようにいたしました。
また、各クラス間の往来自由など、受講生のご要望に沿う形としています。


 募集
 湘南日独協会 会員募集中

  湘南日独協会では、会員を募集しています
   入会申込書(PDF版)を、 こちらからダウンロード、印刷、ご記入の上、協会まで送付下さい
  もしくは
   入会申込書(Excel版)を、 こちらからダウンロードし、
   エクセルで開き「編集を有効にする」「コンテンツの有効化」にして、必要事項をご記入頂き、
   保存の上、 こちらから、協会宛のメールに添付し、送付下さい

 ドイツ語講座の受講生募集中

   湘南日独協会では、ドイツ語講座を開講し、受講生を募集しています
   詳しくは、 こちらをご覧下さい

 合唱団アムゼルの団員募集   歌う楽しみをご一緒に

合唱団アムゼルは創立17年、ドイツの歌・日本の歌を主にドイツ語で歌っています。 来年、春には18周年記念コンサートを、秋にはドイツの合唱祭参加も検討しています。 毎年藤沢の合唱祭、湘南オクトーバーフェスト出演しています。 良く知られた「野ばら」「ローレライ」から「美しく青きドナウ」「婚礼の合唱」「ビヤ樽ポルカ」等、 日本の歌では「浜辺の歌」「荒城の月」など、 クラッシックから映画音楽まで幅広く歌っています。 指揮指導は、ドイツのオペラハウスで活躍されておられた梶井智子先生、 ピアノ伴奏は内海祥子先生、ドイツ語の指導は団員のドイツ出身の志賀リンデさんです。

アムゼルのページは、 こちらをご覧下さい
これまでの演奏会、現在の練習の様子等を音源付きで見ること聴くことが出来ます。


練習は
 毎月第1と第3水曜日(第5も可能性あり)
 午後1時30分より3時30分
会場は
 カトリック藤沢教会(藤沢駅より徒歩8分)
問合せ
 理事 水谷妙子(045-895-6845)

理事 大久保 明


 SAS:おしゃべりの部屋 参加者募集   お待ちしています

談話室SASとは?
Schwätzerei(おしゃべり) Am(で) Stammtisch(常連客の席)、ドイツで広く知れ渡っている文化。親睦を深める会。自由なトークと情報交換の場。

実際?
令和2年最初の談話会は、本を読む楽しみ。 ダイヤモンド著の銃・病原菌・鉄、石川九楊の自伝図録の書及び漢字の大切さ、 カナダの日系2世のジョイオガワの波乱の人生、 AI研究者による女性脳と男性脳の違い、今までの人生で知らなかったことばかり。 単なる知識ではなく実際に遭遇し対応が求められるスキルや思想に触れる良い機会。

第二回は、詩や小説を声を出して読む楽しみ(朗読)。落語や講談は聞いて楽しむもの。声を出して詩や小説を朗読するとより楽しい。 好みの曲を感情を込めて歌うカラオケの如く。ハイネの詩ローレライを朗読。ドイツ語と日本語での朗読はSASで初めての試み。 昨年は、新元号、原子力安全神話、日独のことわざ、舞姫・森鴎外・ナウマン象、 ドイツにおける破壊的創造、食材は同じでも異なる料理、手書きドイツ文字、バイロイト祝祭音楽祭 等。

これからも生活や人生の楽しみに直結するトークで参加しやすい場にしたいと思います。

参加方法?
会報に開催日を掲載。e-mail addressを示され今まで参加され方へ一週間前にe-mailで連絡。
8月と12月は休み、月1回午後3時から5時まで
ミナパークの会議室(12名まで)
5時から居酒屋、ドイツ人との会話も可能
参加費は1000円、資料作成費は自己申告精算、聞くだけの参加も可能。

SASの部屋


理事 吉村 邦博


 「ドイツ文学読書会」へのお誘い   Hermann Hesseを原文で

ドイツ文学を原語で楽しむ会「ドイツ文学読書会」は、昨年10月に、発足しました。 始めるにあたり、発案者の松野義明・湘南日独協会会長が 目標とした点が三つありました。

一つは、参加者の誰もが気兼ねなく話せる雰囲気であること。
二つめは、ひと言も発しない人がいない会であること。
三つめは、誰でも、いつからでも参加できるように、その時点までの日本語訳と要点の解説を常に準備しておくこと。

この三つを掲げ、果たして何人が集まるのか、どのように進めていけばよいのか、 すべてが手探りの状態での船出でしたが、その心配は開始早々、 嬉しい誤算であったと思い知ることになります。参加者それぞれが、 個性的かつ意欲的で、毎回刺激的な会話が飛び交う活発な会となったのです。

この会の素晴らしいところは、ドイツ文学読書会である以上、勿論、ドイツ語で書かれた文学を、 原語で読み進めるのですが、ドイツ語にさほど習熟していない参加者も、 十分、楽しく参加できるということです。一例をあげれば、 現在の課題図書であるヘルマン・ヘッセ『デミアン』で、 主人公の少年がリンゴを盗んだというほら話をでっちあげる場面で、 「リンゴは、罪の象徴として使われている」と旧約聖書に結びつけての発言者は、 輪読には不参加の、いわば聴講スタイルの方からでした。 こうした意見によって、作品の深い味わいに気付かされるのも、 ひとりでの読書とは違う読書会の楽しみであると感じる瞬間です。

現在の在籍者は17名。湘南日独協会を、 この読書会で初めて知ったという方も多くおられます。 人生経験も多様で、小説の細部への理解も各人各様。 しかも、発案者の当初の目標どおり、誰もが気兼ねなく発言するのです。 侃々諤々、毎回の楽しい雰囲気を、おわかりいただけるでしょうか。

本は、一人で読むもの。しかし大勢で読んでそれについて話すのはそれに倍する喜びがある。 そう実感するのが「ドイツ文学読書会」です。ご興味をお持ち の方はいつからでもご参加いたけます。


理事 中村 茂子

 開催イベント
 詳しくは、こちらをご覧下さい
  湘南日独協会 催事カレンダー(2020年06月05日版)は、 こちら から、ご覧頂けます

 9月例会 
   9月27日(日) 講演会 ハイデッガーにみる“自然と人間” そして俳句

 談話室SAS
   7月まで、休会します

 読書会:ドイツ文学を原語で楽しむ会
   

   詳しくは、 こちらをご覧下さい

 会員の皆様へ
投稿のお願い
会員の皆さんの日頃のご活躍を会報でお知らせしたいと思います。 演奏会・展覧会・発表会・講演会等の予定をお知らせ下さい。
会報は季刊、3月、6月、9月、12月の第2日曜日発行予定です。 前月の中旬までにメール・郵便のいずれでも結構です。お待ちしています。

皆様へ、ご協力お手伝いのお願い
季刊の会報Der Windの発送作業を、原則、季刊3月、6月、9月、12月の第2日曜日、午前10時から行っています。
お手伝い頂ける方は、ご連絡頂ければと思っています。

年会費について
これまでに、会費を振り込み頂いた方でお名前の記載がない方が居られます。会の方へご連絡いただきたくお願いします。



 これまでの掲載記事
   (寄稿など)


  会員掲示板(これまでのホームページ掲載記録 - ältere Nummern)
  劇場便り
  マインツから
  Deutsche Witze
  これまでの協会主催イベントについて:イベント情報
  私とドイツ
  皆様から寄せられた岩崎先生への追悼文



 これまでの活動


  

 2008年 2009年
 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
 2015年 2016年度 2017年度 2018年度 2019年度
 2020年度



 関連協会



 日独協会(JDG)

 〒160-0016 東京都新宿区信濃町18番地マヤ信濃町2番館
 受付時間:月〜金 10:00〜18:00
 TEL: 03-5368-2326 FAX: 03-5368-2065


 横浜日独協会(JDGY)

 〒223-0058 横浜市港北区新吉田東2-2-1-913
(事務局:能登)045-633-8717



 提携協会



 ワイマール独日協会

  Rainer-Maria-Rilke-Straße 10A, 99425 Weimar
   c/o : Peter Käckell
   E-mail : djg-weimar@t-online.de

湘南日独協会 開催行事の予定

湘南日独協会 催事カレンダー(2020年06月05日版)は、 こちら から、ご覧頂けます

月例会

会場 湘南アカデミア
   藤沢市鵠沼石上 1-1-1 江ノ電第2ビル 7階
   TEL 0466-26-3028


9月例会 ハイデッガーにみる“自然と人間” そして俳句  

日時 2020年 9月 27日(日) 14:30〜16:00
講師 下條 泰生氏
概要 20世紀を代表するドイツの哲学者ハイデッガー。その著「存在と時間」で自然と 
   人間の存在を論じ、「ことば」を“存在の宿”とする。17音字の最小の「ことば」
   で自然と人間を詠う俳句。例会では「存在と時間」を引用しつつ、自然と人間に隠
   れている真実という存在を社会現象そして俳句にみる試みとは…?!

   茶話会 会場にてコーヒー程度
   会費 100円 どなたにも気楽に参加頂けます

会費 1,000円

懇親会 会場 未定

読書会

  ドイツ文学を原語で楽しむ会
   詳しくは、 こちらをご覧下さい

会費 1,000円
会場 ミナパーク 5階, 3階

    

    読書会の予定など、変更がある場合には、こちらでお知らせします                            (2020/03/23 更新)
回数 月 日 会議室番号 時間帯
第11回 05/19 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第12回 06/02 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第13回 06/16 (火) 301会議室 15:00〜17:00
第14回 07/07 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第15回 07/21 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第16回 08/04 (火) 507会議室 15:00〜17:00
第17回 08/18 (火) Meeting Room 1 15:00〜17:00
第18回 09/01 (火) 506会議室 15:00〜17:00
第19回 09/15 (火) 506会議室 15:00〜17:00

談話室SAS

会費 1,000円

談話室SASについてのご紹介は、
こちらをご覧下さい


   7月まで、休会します

寄稿


私とドイツ 13


会員 田中満穂
筆者近影:コロナ騒ぎの中、奥様の指導を受けて自分のヴェストを編む

1971年に四谷のキャンパスでドイツ語を学び始めてから49年もの月日がたった。 以来、2016年に65歳で現役を退くまで、一貫してドイツ語を使い、ドイツ語圏の方々と仕事をしてきた。

初めてドイツ駐在員としてハンブルクに着任したのは1976年の夏だった。 この年のハンブルクは天候に恵まれ、週末は市の中心にあるアルスター湖に通い、 貸しボートのヨットを借り、湖上から見えるユングフェルンシュティークや、 アウセンアルスター側の高級住宅街の景色を楽しんだものだ。 また、ユングフェルンシュティークの湖岸側にあるカフェで初めて飲んだAlsterwasser(ビールにソーダを混ぜた飲料)の味は格別であった。

当時の私の仕事は日本から来訪する工業製品メーカーの技術者の案内、とりわけ、 ドイツの工作機械メーカーへの案内、或いは、ドイツ自動車メーカー工場への案内が主な仕事であった。 また、機械メーカーに於ける打ち合わせの通訳、日本側への報告書、 週末にお客様がまだ滞在中であれば、ライン川沿いの町や、ハイデルベルク、 時間に余裕があるときはニュールンベルクからフュッセンまでロマンチック街道を車で走り、 旅行会社のガイドよろしくお客様を何度も何度も案内したものだった。 そのお陰で南ドイツの道路事情には現地のドイツ人以上に詳しくなったものである。

その後、縁あって工作機械の業界から工業薬品、そして、電子部品材料業界へと転職をした。 工業薬品業界への転職で初めてのドイツ資本系の会社に入り、営業をこなしながら、 ここでも日本のお客様をドイツの工場にご案内し、 普段ではなかなかお目にかかることのない消石灰の巨大ロータリーキルン*を見学したり、 南ドイツの農家でのカルシウムシアナミドの使い方などを見学して回った。 ご馳走になった搾りたてミルクの味が特別においしかったのが懐かしく思い出される。
 *ロータリーキルン : 回転式の窯

その後再度転職した電子部品材料のドイツメーカーでは、日本における販売子会社を立ち上げることになり、 売り上げゼロからの会社スタートは新鮮な経験であった。 このとき、ドイツ本社からオーナーが毎年3、4回は来日してくれ、 その都度、車で遠くは鳥取県まで1週間から10日ほどの出張をキャラバン方式で行った。 オーナーはおかげで日本の田舎事情に詳しくなったと喜んでくれた。 田舎では夕食にありつけるレストランの数もそれほどなく、 たまに居酒屋のような小さい店にドイツ人のオーナーと入ると珍しがられ、 いろいろなご当地名物を勧められたものだった。 中には、店の大将におごって頂くことも何回かあり、オーナーも貴重な経験をしたと喜んでいた。 この最後の転職では結局65歳で定年を迎えるまでの 23年間会社代表としてお世話になり後継者に引き継いだ。 設立当初は売上ゼロだった会社が、退くころには20億にならんとする売上を達成できたのは、 ラッキーなことであると同時に、オーナー、工場側の努力、それとなりより、日本のお客様に支えられてのことであり、 感謝の念に堪えない。

今、退職して早や4年近い月日がたち、漸く、この第二の人生の生活リズムにも慣れてきたようだ。 それでも、たまには社会との接点も必要と考え、今は友達の経営する会社の事務手伝いをしている。 それにしてもドイツ語を使う機会がめっきり少なくなり、寂しい思いをしていたが、 藤沢でアムゼルというドイツ語で歌うコーラスがあることを知り、入団することにした。 むかし聴いたドイチェリーダーがレパートリーにはあり、 大方の曲は聞いたことのある曲であったため、とっつきにくいことはない。 ただ、自分のパートであるバスのメロディーラインは正確に覚える必要があり、 コーラス経験の乏しい自分にとっては新たな刺激となっている。

職業人生の全過程を通じてドイツ人、或いはドイツ語圏の友達、先輩、 上司とのお付き合いが自分の人生を豊かにしてくれ、いま、感謝の念で一杯である。 最近はドイツ語を学ぶ学生がだいぶ減ってきているようだが、 日本はまだまだドイツから学ぶことは山ほどある。第一線からは退いたが、 今後もプライベートでヨーロッパの人々との交流を続けて行きたい。


マレーシアでの送別会


男はつらいよ! 寅次郎 in Bonn

会員 大久保 明


館内の螺旋状の見学路を上がった途端思わずぎょっとした。写真の場面に出会った。 どうして「男はつらいよ」の寅さんの像がここにあるのだろうと。ケットに帽子そしてトランクを持って・・  寅さんはウイーンへは出かけたことは知っていたが、ボンへは知らなかった。 早速写真を撮り傍らの説明板を読んだ。寅さんではなく、所謂ガストアルバイター(外人労働者)の像であった。

この写真は説明によると、私が3度目の赴任をした、ベルリンの壁が落ちた1989年に、「Der Auslander 外国人」と題されて、 1950年代中ごろに多くの外国人がドイツへ、全財産を詰めてトランクひとつでやってきた、 その最初の外人労働者の象徴として、彫刻家のGuido Messerの製作した作品である。 彼は「外人労働者なのか移民者なのか?」と問いを投げかけているようだが、 彼らを迎える社会に対し「寛容」を呼びかけている、とある。 こんなところに、数年前からの欧州における移民問題にドイツが大きな役割を果たしている、 深いドイツ人の思いを、ボンの寅さんに感じた次第です。 (ちょうど一年前、友人のドイツ人の案内でボンの歴史博物館を訪ねました)


「クラシック音楽の楽しみ方」  第6回

会員 高橋 善彦

大バッハのお話(その3) 最終回です。
バッハの宗教曲の最高峰、ロ短調ミサ曲(h-moll Messe)から始めます。 ミサ曲とされているのですが、実際に教会でのミサに使われていません。 この曲は、演奏時間が2時間近く、実際の典礼には長すぎます。 全27曲 1部 Kyrie 3曲, 2部 Gloria 9曲, 3部 Symbolum Nicenum ニカイア信条 9曲, 4部 Sanctus, Hosanna, Benedictus, Agnus Dei に6曲と4部構成となっています。

きっかけは、1733年2月1日、バッハをDresdenから支援していたザクセン選帝侯、ポーランド国王のAugust II世の逝去です。 ザクセン選帝侯領内は、2月15日から7月2日まで喪に服し、音楽演奏を禁じます。 この間に、亡き国王を追悼するKyrieと、新国王August III世の即位を祝するGloriaからなる、 Dresden宮廷の為の小ミサ曲を完成させます。

この2曲構成の小ミサ曲を元に、ミサ通常文全文にまで拡張し、27曲の大作「ロ短調ミサ曲」にしています。 しかし、作曲の理由は不明です。バッハは自身の事を書き留める習慣が無く、曲についてのメモ以外、何も書き残していません。

曲の内容は、既に作曲していたカンタータ(12, 29, 46番等)から8曲を転用しています。 逆に、新しいカンタータ(191, 215番)へ5曲を転用している曲もあります。 バッハは敬虔なルター福音派で、ルターがラテン語の典礼文の使用を認めた範囲内で、 カソリック教会とルター派教会の両派の典礼文の差に配慮し、Sanctusの典礼文の一語だけを入れ替えています。
   カソリック派 gloria tua  あなたの栄光
   ルター派版  gloria ejus  彼の栄光
バッハの最後の3年間、既に目が不自由になり譜面を書くのが厳しい時期、 ミサの第3部 Credo (Symbolum Nicenum, ニカイア信条)に手を入れ、 ルターの重要視したCredo(信条)の対称性を明確にしようとした、と推察されています。 そして、最晩年1747年頃に完成し、1748年/49年に全曲を浄書しています。 バッハの生涯に、ロ短調ミサ全曲を演奏した記録はありません。

バッハは、1730年代中期から、Goldberg変奏曲集、クリスマスオラトリオ、フーガの技法など、 特定の目的を持った連作、全集を創作し始めています。 ロ短調ミサを完成させた動機に、自分の解釈する、宗教音楽の様式と全ての技術を集大成し、 後の音楽家のために遺産として残そうとした意図があるように思えます。 バッハは、ロ短調ミサの中で、教会の派を越えた宗教音楽の本質を示し、後進の音楽家たちの研究対象となっています。

Collegium Musicum コレギウム・ムジクム
Leipzigの街を歩いていると、Katharinenstraseという街の中心にある道の14番地、Thomas教会から歩いて 6分程の場所に、次の写真のような石盤が建物の壁に有ります。ZimmermannのCaffee-Haus 跡に残る石碑プレートです。


1729年3月、バッハはTelemannが創設したCollegium Musicum(音楽の集まり)を引き継いでいます。 珈琲が大変好きだったバッハが、活動場所をLeipzig大学から、ZimmermannのCaffee店に移しています。

音楽学生や音楽家達に、新しい音楽を経験し研究する機会を与えています。 バッハは、教会でミサ開催以外の時間に、多くの新作の世俗カンタータや器楽曲を演奏し、 定期的に演奏会と練習風景も公開しています。バッハの珈琲カンタータも、ここで初演しています。 当時のLeipzigの街は交易で栄え、珈琲を普及させる核となった街です。 珈琲がまだKaffeeではなくCaffeeと、 流行の飲み物であった時期です。ここでの演奏会は、Leipzig市民に広く楽しまれていたのですが、 1741年に持ち主のZimmermannが亡くなり演奏会は終わります。 しかし、この活動が、Leipzig市民に音楽への愛好心を醸成し、 1743年の市民によるGewandhaus - orchesterの創設に結び付いたとされています。


Bach自身がデザインした 封印章 Siegel

音楽科学文書交流協会 (Correspondierenden Societät der musikalischen Wissenschaften) は、 作曲家と音楽理論家が参加し、音楽理論的な論文を回覧し議論し、音楽科学を推し進めることを目的とした協会です。 1738年にバッハの生徒であった Lorenz Christoph Mizlerが創設しています。 TelemannやHändelも既に会員で、バッハも1747年6月に14番目の会員となります。

会員になるために、肖像画と理論的で実践的な作品を提出します。この時のバッハの肖像画が、本稿の最初にある、 Elias Gottlob Haußmannによる「有名な」肖像画です。 バッハは、音楽の捧げ物の6声部の謎のカノン等数曲を提出しています。


ここまでのお話の、ロ短調ミサ曲、Collegium Musicum, そして上記の協会、いずれも方法は異なりますが、音楽の発展と後進の育成を目指しています。 これは、バッハに限らず、多くの作曲家、音楽理論家が持っている志です。 しかし、バッハは例外的に多くの後の作曲家によって研究されています。 明らかになっている例を少し挙げてみると、

Haydnは平均律クラヴィア曲集とロ短調の写本を所有、MozartはMotet集の写本から曲(K.404a, 405)を書き、 Beethovenは若い時期に平均律クラヴィア曲集を演奏し「和声の創始者」と呼んでいます。 Mendelssohnはバッハの音楽を復興していますので、多くの譜面を研究しています。 受難曲、カンタータ、ロ短調ミサ曲、オルガン曲などです。 Chopin, Schumann, Liszt, Gounod, Brahms, Bruckner, Wagner, Shostakovich, Villa-Lobos等の作曲家が研究しています。

Das Wohltemperierte Klavier 平均律クラヴィア曲集
直訳は「巧く調律された鍵盤楽器(Klavier)曲集」です。 意味から「平均律」と訳されています。全2巻の曲集で、第1巻は1722年、第2巻は1742年に完成しています。 第1巻の表紙には「指導を求めて止まぬ音楽青年の利用と実用のため、 又同様に既に今迄この研究を行ってきた人々に特別な娯楽として役立つために」と書かれています。 各巻ともに、全て24の調性の長調、短調を用い「前奏曲とフーガ」1組で全24曲となっています。

平均律の鍵盤楽器は、17世紀初頭には実用化されています。 平均律は音程の幅を均一にして、全ての鍵盤を均等な音程幅にしています。 均等な配置ですので、どのような調性でも、即ち、何個♭や♯が付いても、使う白鍵や黒鍵が変わるだけで演奏出来ます。

他の純正律や中全音律などの調律は、各調によって、鍵盤間の音程幅が均等ではなく不均一です。 演奏する曲の調に合わせて調律しなおす必要があります。 このような事情から、♯や♭が多く付く調性が使われることは希でした。 この様な調性の作品を演奏すると、どうなるのか?に応えた作品が、この平均律曲集で、音楽家達には刺激的だった訳です。

解りにくい「音程の幅を調整する」調律の話で恐縮ですが、調律についての議論は、 17世紀初頭、地域を越えて多くの作曲家が論文などで考えを述べ議論されています。 この曲は、平均律の決定版となるような作品です。

Die Kunst der Fuge, BWV 1080 フーガの技法
1748年8月頃、63歳のBach は目に問題が出はじめ、視力が徐々に弱っていますが、バッハ絶筆の作品、 「フーガの技法」に取り組みます。 フーガとは、最初に示された旋律を追いかけるように、次々と異なる音から始まる、最初の旋律を基にした旋律が現れる形式の音楽です。

14のフーガと4つのカノンを含み、未完成の最終19曲目のフーガを除き、 全てが同じ基本となる旋律を使っています。この作品には、考え得る全種類のフーガの技法と、構造の規則が描かれています。 また、絶筆した最後の曲の中音域に、BACHの文字を音名に置き換え、次のように埋め込んでいます。


バッハの音楽は、中世からルネサンス時代に確立されたフーガを代表とする対位法音楽と、 バロック時代のMonteverdi, Corelli, Vivaldiらが確立してきた、 和音を中心にする和声法的音楽を、理論とともに集大成しています。 また、美しい旋律に恵まれ、色彩に富んだ和声の変化とともに、魅力的な音楽を作っています。 このことが、後の作曲家達が研究する第一の対象とした理由ではないかと思います。

バッハは1000曲を越える作品を残しています。是非、自由に聴いて頂いて、ご贔屓の曲を見つけて下さい。

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筆者



劇場便り その21

これまでの劇場だよりは、こちら からご覧頂けます

ブレーマーハーフェン 志賀 トニオ 氏

今回の便りはコロナ危機真っ只中での執筆となりましたが、まずは2月に立ち稽古が始まった演目についてお話しましょう。


コロナ制限の中
サイクリングで気分転換する筆者

ブレーマーハーフェン歌劇場では、1シーズンに必ず現代曲のオペラを2曲上演するのですが、 その1曲目が今回採り上げるAndre Previn(プレヴィン)作曲のA streetcar named desire(欲望という名の電車)。 原作の戯曲は1947年にブロードウェーで初演され、 主人公が同性愛やレイプから破滅に至る衝撃的な内容を含んでおり、 一大センセーションを巻き起こし、その後映画やドラマ化され、日本でも度々上演されている。

    
映画『欲望という名の電車』と演劇公演ポスター

その作品を、指揮者としても世界的に活躍していたPrevinが1998年にオペラ化したものです。 曲は全体的にテキストを重視した構成で、所謂メロディーが少なく、 音楽はジャズ等アメリカ的要素を多く含み魅力的ではあるが、 規則性が希薄であるため暗譜で歌うのが大変難解な作品でした。 特に主役のブランチ(ソプラノ)はほぼ出ずっぱりで、膨大な量を暗譜で歌わなければならず、 加えて上記の作品の内容からも推察されるように、大変ドラマチックな歌唱力と耐久性及び演技力が要求される難役でした。

その役は本劇場の専属歌手が受け持つ予定だったのですが、立ち稽古が始まる3週間前に病気になり、 キャンセルを余儀なくされてしまったのでした。現代曲を採り上げる時に一番厄介な事の一つが、 歌手が病気になった時に代わりが見つからない事。ドイツでは劇場の数が多く、 歌手が病気になった時に代役が務める事が日常茶飯事なのですが、現代曲は同じ曲を採り上げた事がある劇場が少ない、 又は全くない事が多いのです。

今回もドイツ中を探し、やっとの事で原語の英語ではなくドイツ語で  3年前に歌った経験のある歌手を見つけることができました。 しかしドイツ語に訳した時に、単語の長さや語順の相違等が生じるため、 多くの箇所でドイツ語に合わせてリズムも変更しなければならず、 英語に戻した時にまた一から譜読みをしなければならない箇所が想像以上に多く、 コレペティ稽古が難航。立ち稽古開始時には全3幕のうち、 1幕すらまだ暗譜で歌えない状況でした。出ずっぱりの役なので、 彼女がいないと稽古にならない場面が多く、必然的に立ち稽古と音楽稽古(コレペティ稽古)を前後に続けて行う事になります。

まずは朝一の音楽稽古で、その日の立ち稽古の箇所を入念に練習し、 できるだけ暗譜する所までこぎつける。 立ち稽古の時には彼女の音程やリズムが間違ってしまった時にコレペティが彼女のパートを弾きながら助け、 指揮者も明瞭な出だしの合図や、テキストの指示等を出して、双方向からサポートする。 それから、彼女の出番のない場面を少しでも多く稽古するようにし、 その時間を利用して立ち稽古と並行して彼女の音楽稽古が行えるように工夫しました。 そうこうしているうちにテキストが多くて暗譜が大変なので、 プロンプター(観客から見えない所にいて、舞台で歌手がテキストを忘れた時に、そのテキストを指示する役) がいないのはきつい、との歌手達の要望が出る。 ここの劇場では経費削減の為、数年前から専属のプロンプターがいなくなり、 テキストが多い作品の時だけ雇う事になっていたのですが、 急遽雇う事になる。このような状況で私や同僚のコレペティをはじめ、 皆に大変負担な毎日でしたが、その後2週間程の間に彼女とのコレペティ稽古も進み、 ようやく全幕が楽譜を見ながらではありますが、歌えるようになりました。

しかし、これでなんとか形になってくるかもしれないと、皆が安堵してきた矢先、 なんとその歌手もバーンアウトしてしまう! それまでの稽古の過程で疲弊しすぎたのと、その先の暗譜と立ち稽古の過酷さを前に、 自分にはやりきれないと判断したのだろう。 この時点で3月14日のプレミエまで3週間でした。 そこからまた別の歌手を探す事になるのですが、 今回はこの作品をすでに歌った事のある歌手を見つけるのはあきらめ、現代曲を得意とし、 譜読みが速い歌手を見つける事にしました。

そして3日後には首尾良く実力派の歌手を見つける事に成功し、 新たな練習計画が提示される。彼女は当面の間音楽稽古に集中し、 その間の立ち稽古では彼女の役を演出助手が代演し、コレペティが彼女のパートを弾き、 指揮者が彼女のパートを歌う。演出家は演出全般をできるだけ簡略化し、 代演している演出助手が立ち稽古に時間が取れない彼女に動きを説明できるようにする。 その後大変譜読みが速く勤勉な彼女のおかげで少しずつ軌道にのってきたプロダクションではありましたが、 さすがに3週間でものにできる代物ではなかったため、1幕は彼女が舞台で楽譜を見ながら演じ、 2幕は彼女(ブランチ)の妹役(ステラ)がブランチに成り代わっている設定にして、彼女は舞台袖で歌い、 妹役が舞台でブランチを演じ、3幕だけが暗譜で通常通りという苦肉の策を講じる事になる。 オーケストラとの稽古が始まると、時間が足りないとの事で、通常有り得ないのですが、 稽古が一日追加され、ようやくの事でゲネプロまでたどり着きました。 私はオーケストラの中でもチェレスタを担当し、オーケストラの稽古の合間には、 プレミエの2日後に始まる次のプロダクションのマスネ作曲、ウェルテルの準備にもかからねばならず、 忙しい毎日を過ごしていました。

そしていよいよプレミエを次の日にして、なんとコロナの為にキャンセル! 3月14日からすべての公演と稽古が中止になったのです。 そこで発した同僚達の言葉は、このプロダクションは呪われている。。。


子どもたちとリンゴの花咲く公園へ


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