湘南日独協会会報 Der Wind

 VOL.19 NO.6 通巻115
 発行 2017.11.12
 更新 2017.11.06
   

 連絡先

 TEL: 0466-26-3028
 FAX: 0466-27-5091
 Mail: jdgs@jcom.home.ne.jp
   

 ご案内

 湘南アカデミアの地図
 〒251-0025
  藤沢市鵠沼石上1-1-1
   江ノ電第2ビル7F
 


ご挨拶
会長からのご挨拶               会長 松野 義明



会員の皆様へのお願い

投稿のお願い
会員の皆さんの日頃のご活躍を会報でお知らせしたいと思います。 演奏会・展覧会・発表会・講演会等の予定をお知らせ下さい。 会報は原則奇数月の第2日曜日発行予定です。 前月の中旬までにメール・郵便のいずれでも結構です。 お待ちしています。

皆様へ、ご協力お手伝いのお願い
隔月発行の会報Der Windの発送(奇数月第2日曜日午前10時〜)、国際交流会そしてオクトーバーフェスト、 来年の記念行事等へのお手伝いを是非お願いいたしたく、皆様からのご連絡をお待ちしております。 皆様とご一緒にさらに楽しい会にしてゆきたいと願っております。

年会費についてのお尋ねとお願い
平成29年度の会費を振り込み頂いた方でお名前の記載がない方が居られます。 会の方へご連絡いただきたくお願いします。 また、まだお振り込み頂いていない方は早めにお願いいたします。



催し物開催予定のお知らせ

湘南日独協会創立20周年並びにアムゼル創立15周年記念式典と音楽会 日程決定
日時 来年2018年5月18日(金)
会場 鎌倉芸術館

2018年は湘南日独協会の創立20周年の記念催し物の計画が進んでいます
その一つとして、皆さん良くご存じの、ベルツ博士、建築家ブルーノ・タウト氏ゆかりの地を訪ねる旅の企画が進んでいます。 時期は秋の紅葉の季節、温泉を楽しみに地元の人たちとの交遊も、名物も銘酒も楽しもうという欲張りな旅になりそうです。 詳細は年明けにお知らせ出来ると思います。ご参加をお待ちしております。藤沢からの貸切バスを予定しております。




 これまでの掲載記事
   (寄稿など)


  劇場便り
  マインツから
  Deutsche Witze
  私とドイツ
  会員掲示板(お知らせなど)
  これまでの協会主催イベントについて:イベント情報
  皆様から寄せられた岩崎先生への追悼文



 活動案内


  

_2008年活動_ _2009年活動_
_2010年活動_ _2011年活動_ _2012年活動_ _2013年活動_ _2014年活動_
_2015年活動_ 2016年度活動 2017年度活動



 関連協会



 日独協会(JDG)

 〒160-0016 東京都新宿区信濃町18番地マヤ信濃町2番館
 受付時間:月〜金 10:00〜18:00
 TEL: 03-5368-2326 FAX: 03-5368-2065


 横浜日独協会(JDGY)

 〒223-0058 横浜市港北区新吉田東2-2-1-913
(事務局:能登)045-633-8717


point mark 第54回
Singen wir zusammen
歌で楽しむドイツ語
日時 11月19日(日) 15:00〜16:30
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 5階 507
会費 1,000円

テーマ  Weihnachtslieder

問合せ・申込み 電話またはメールで
0466-28-9150(木原) mail icon

※詳細はこちらをご覧ください。
※これまでに扱った曲目についてはこちらをご覧ください。


point mark 11月例会 講演会
「ドイツをめぐる最近の情勢」
 最近の難民問題、右派ポピュリストの動向、トランプショックに対する欧州の対応、ドイツの連邦議会選挙の結果を受けての今後の見通し等 大変興味深い内容を予定しています。
講師 中根 猛氏 前駐独日本大使
      (現外務省科学技術協力担当大使)

日時 11月26日 (日) 14:30〜16:00
会場 湘南アカデミア 7階
会費 1,000円
懇親会 4,500円 「宗平」



point mark 12月例会 講演会
「日本の不平等条約改正史におけるドイツの役割」
―在独日本関係史料調査の近況を踏まえて―

 講師は、日本政治史の専門の東大大学院現役の教授、最近の研究成果の一端を披露頂ける見込みです

講師 五百旗頭 薫氏

日時 12月17日 (日) 13:00〜14:45
会場 湘南アカデミア 7階
会費 1,000円

望年会
日時 12月17日 (日) 15:00〜17:30
会場 レストラン「ポルトヴィーノ」
    ☎ 0466-26-7885
    JR藤沢駅南口から徒歩5分、ビル・ロコテラス湘南の地下一階
会費 5,000円 新入会員の方是非ご参加下さい


point mark 第36回
Schwatzerei am Stammtisch
日時  1月 9日(火) 15:00〜17:00
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 5階
会費 1,000円



point mark 第55回
Singen wir zusammen
歌で楽しむドイツ語
日時  1月21日(日) 15:00〜16:30
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 5階
会費 1,000円



point mark 1月例会 講演会
「史跡めぐりで中欧の歴史を探る」
 西洋版関ヶ原の戦いと言われるマルヒフェルトの戦い他、興味ある歴史的事件を幾つかお聞き出来ます
講師 西澤 英男 (当協会監事)

日時  1月28日 (日) 14:30〜16:00
会場 湘南アカデミア 7階
会費 1,000円
懇親会 未定


point mark 第37回
Schwatzerei am Stammtisch
日時  2月 6日(火) 15:00〜17:00
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 5階
会費 1,000円



point mark 第56回
Singen wir zusammen
歌で楽しむドイツ語
日時  2月16日(金) 15:00〜16:30
会場 藤沢商工会議所ミナパーク 5階
会費 1,000円



point mark 2月例会 協会創立20周年記念見学会

 ブルーノ・タウトが設計した日本にある唯一つの建築物、熱海にある「旧日向邸」の見学会です

日時  2月25日 (日)
日程 JR熱海駅改札出口前集合
      09:30 集合 10時見学 10名
      10:30 集合 11時見学 10名
      13:00 昼食会
      16:00頃 現地解散

 見学手続きに制約がありますので、会報に同封しておりますチラシを熟読頂きお申し込みください。
 なお、この見学会は7月にお知らせしました、草津温泉方面一泊旅行を変更した行事であることをご了承ください。




開催イベントについてのお知らせ







寄稿



寄稿(翻訳)第7回
   ( Der Wind 2017年11月号 )

湘南日独協会ドイツ語講座 / 原書講読コース
講師 松野 義明
  田中 信子(翻訳総括者)、宇多 綾子、中村 茂子、森長 京子、山崎 正

内容は
Piktors Verwandlungen(Hermann Hesse) ピクトールの変身(ヘルマン・ヘッセ)
をご覧ください。



老後の楽しみ ‐Der Wissensdurst-

随筆:松野 義明

齢を重ねると、若い時と違って、時間を限られたものとして感ずるようになり、 限られた長さの時間の中で自分が生きていることを自覚すると、 人間とは面白いもので、残された時間内に、 あと何をどれだけ「知る」ことができるだろうかということに関心が出てくるものらしい。 その関心の幅と深さは残り時間に反比例してどんどん高まってくるようだ。 「知る」ということは「なるほど!よく解った!納得した!」ということで、 それが達成された時の満足感たるや何物にも代えがたく、 その満足感に酔いしれて、興奮し、夜眠れないことすらある。 こうなると、限られた時間内にいろんな満足感を目一杯楽しもうという欲張った魂胆が頭をもたげ、 なかなか忙しくて、緊張感のある一日があっという間に過ぎてしまう。 「知識欲」は、多分、人間の本能なのだろう。ドイツ語にも“der Wissensdrang”とか“der Wissensdurst”など という「止むに止まれぬ逼迫感」が窺える言葉があるくらいだ。

話はがらりと変わるが、共に100km/hで並走する2台の車の一方からもう一方を見ると、 静止しているように見える。 でも、一方が速度を90km/hに落とすと、もう一方は10km/hの速度で追い抜いて行くように見えるだろう。 つまり、相手の速さは自分と相手の相対的な動きによって変わって見えることは誰でも経験していることだ。 ところが、Einsteinは、どんなに速く走る乗物から見ても光は一定の速度(ca.300,000km/sec)であるという 大胆な仮説を立て(特殊相対性理論1905)、今でもその仮説は生きている。 この仮説が正しいという解説も多々あるが、私は腹の底にコトンと落ち着く納得には至っていない。 Einsteinの顔に泥を塗るつもりは毛頭ないが、納得するにはどうしたらよいかを考えるのが私の現在の楽しみの一つで、 毎朝、胸をわくわくさせながらベッドから起き出している。こんなことは全く生活の役には立たないが、 ボケ防止にはなりそうだ。お奨めである。



Sommerfest in der Residenz des Botschafters
−ドイツ駐日大使主催 夏祭りに参加して−

会員 本澤 交



von Werthern大使と筆者




公邸のエントランス

台風一過で快晴に恵まれた9月18日、 ドイツ駐日大使公邸での夏祭りに参加するという貴重な機会をいただき、 広尾の街に15年ぶりに訪れることとなりました。

通りを少し歩くとすぐに聞こえてくるドイツ語、 お茶を飲もうと立ち寄ったカフェでも耳に飛び込んでくるドイツ語の会話…。 アーベーツェーも知らなかった15年前には感じなかった聞ける喜びワクワク感に、 いくつになっても学ぶことの素晴らしさを再認識させられた一瞬でした。

南部坂のドイツ大使館壁一面に貼られた絵画の数々“わたしのドイツ”は、 ドイツとの関わりを持った日本各地の小中学生の作品とのこと。 たくさんの子どもたちがそれぞれの経験や思いを描いた美しい絵からは、 微笑ましさや懐かしさと共に未来への希望が感じられました。

夏祭り冒頭、Dr.Hans Carl von Werthern駐日大使のお話の中でも、 若者たちへの期待のメッセージは印象に残りました。 未来の日独関係や世界を担う若い世代には語学を習得し、 大いに海外に出て自分の意見を述べて欲しいと仰いました。

皆様とのおしゃべりを通して日独協会各地に青年部の活動があること、 協会が行っている取り組みの中には日独双方学生の留学やホームステイ斡旋があることを知りました。 私もかねてから興味のあったホームステイ受け入れに挑戦し、 微力ながら若者のサポートに貢献できればと考えています。

日本各地60か所余り点在する日独協会とその歴史を木村敬三  元ドイツ大使からうかがうことができましたが、 大使をはじめ老若男女国籍問わず、北は函館、 南は鹿児島から来られた会員の皆様との交流は本当に楽しく大きな刺激となりました。

日々挫折しそうになりがちなドイツ語の勉強も、 先生方や会員の皆様との良い出会いがあってこそ。 継続は力なりを信じて今後も邁進し、 いつもどこかでドイツとの関わりを持ち続けていきたいとあらためて感じました。



9月例会 講演
「ドイツ音楽の成り立ち(バッハ)まで」

会員  田中 幹夫



田中 幹夫氏

講師高橋善彦氏(当協会理事)は中学時代に出会ったトランペットを高校、大学、社会人を通じ演奏、 その他にも幅広く音楽活動をアマチュアとして続けておられます。 本日は氏が取り組んでいる欧州音楽史に関する海外文献資料の収集研究と日本語資料への集大成作業の中から、 ドイツ音楽がどのように成り立ってきたかについて、氏が敬愛するバッハの時代までをお話しされました。

内容はケルト聖歌とグレゴリオ聖歌の比較に始まり、音楽学派の発生と作曲家達の交流、 ドイツ音楽への伝播過程としての「北回り」と「南回り」についてなどを席上配布のカラー図版満載45頁からなる資料と パソコン音源の試聴を随所に入れながら進められました。 情報量の大変多いお話でしたが、ここにそのごく一部を紹介させていただきます。

1)ケルト聖歌とグレゴリオ聖歌
ケルト聖歌は譜面が無い口伝継承のため現存資料は無いが音楽はスコットランドなどに残っている。 グレゴリオ聖歌で画期的な事は11世紀に譜面が現れて音楽が他の土地に移動可能になり、相互に影響しあう機会が生れた事。

2)音楽学派、作曲家の交流とその背景
音楽家達は時の権力と金のあるところに集まり各々の音楽様式を持つ楽派を形成した。 15世紀後半から16世紀にかけて毛織物業を中心に栄えたフランドル地方に生まれたのがフランドル楽派である。

そのフランドル生まれの作曲家Willaertはイタリアでベネチア楽派を創設し弟子を多く育てた。 ベネチアには当時文化の中心だったローマから戦禍を逃れて多くの芸術家が集まった事や、 印刷技術の発達によって音楽出版の中心地になった事などが、この楽派の繁栄の背景にあった。 この楽派の二大作曲家の一人Gabrieliはサンマルコ寺院内の残響効果を音楽に生かす手法を生み出し、 もう一人のMonteverdiはオーケストレーションの基本を作った。

3)ドイツ音楽への北と南からの伝播経路
「南回り」でドイツ音楽に影響をもたらしたのが、ドイツ生まれのSchützである。 彼は14歳で才能を見出されベネチアのGabrieliに、更にMonteverdiのもとで学び、 ドイツに戻りドイツ音楽を牽引するドレスデン宮廷楽団楽長に着任、生涯楽長を務めドイツ音楽発展に貢献した。

次に「北回り」で影響を与えたのが北ドイツオルガン楽派のScheidt、Praetorius他で、 彼らはアムステルダムで活動する最後のフランドル楽派のSweelinckに師事して北ドイツの音楽を発展させた。 こうして南ドイツの音楽はイタリアの影響を大きく受け、一方北ドイツの音楽は影響を受けながらも独自の技法を多く生み出した

最後に、バッハに影響を与えた作曲家達
16歳の若きバッハはハンザ同盟の富で栄えたリューベックの聖マリエン教会オルガニストBuxtehudeを 400km離れたチューリンゲンから訪ねている。 Buxtehudeの19曲のオルガン前奏曲はバッハに強い影響を与え、 バッハのトッカータやフーガに同じ手法を見ることが出来る。 そしてカノンでよく知られるPachelbel、3,600曲も作曲したTelemann・・
話は尽きませんが紙面が尽きそうですのでこの辺で終りにしたいと思います。
                          以上

※講演資料テキストはこちらからご覧頂けます。
 講演資料年表などはこちらからご覧頂けます。


高橋 善彦氏


講演会場


懇親会参加者



岩ア英二郎先生追悼
読書会に想いを馳せて

会員 寺田 雄介

岩ア英二郎先生ほど優しく人情味溢れる研究者を私は他に知らない。 私のDAADでの留学が決まると真っ先にお祝いのメッセージを、 ベルリンで帯状疱疹にかかったときには励ましのメールを送ってくださった。 帰国するやいなや歓迎会を企画してくださり、就職活動では推薦状も書いてくださった。 しかし、このような先生の優しさに関しては、湘南日独協会の皆様は私以上によくご存知であろうから、 ここでは皆様がご覧になったことのないような、先生の厳しさが垣間見えるエピソードを認(したし)めようと思う。

おそらくあの日のことを一生忘れることはないだろう。
2005年4月2日土曜日、午前10時少し前。慶應義塾大学三田キャンパスの研究棟。 私は当時、大学院修士課程に進学して二年目だった。 共同研究室には大学院の先輩方が揃い、各々テクストと睨めっこをしたり、グリムの辞書をパラパラとめくったり。 普段は率先して冗談を飛ばすようなお茶目な先輩も、眉間にしわを寄せて予習に余念がない。 壁にかかった時計が10時を指すと、まもなくスーツ姿の岩ア先生がお見えになり、 いつもの革の鞄を机の横のパイプ椅子に置かれた。

 「それじゃ、始めましょうか」
 初めて参加させていただいた岩ア先生の読書会では、E.T.A.ホフマンの『スキュデリ嬢』を輪読していた。 順にドイツ語を音読し、それから和訳する。読書会としては極めてありふれた行程ながら、 その場に漂う緊張感は、それまで経験したことのないものだった。先生の醸し出す厳格な雰囲気が、 研究室の空気をピリピリと震わせていた。すでに留学を終えた10歳近く年上の先輩でさえ、 和訳の際に声を震わせていたことも。その緊張がすっかり私にも伝染し、 のっけからドイツ語の音読がぎこちなくなってしまった。 先を急いているつもりなのに、なかなか一段落が読み終わらない。 和訳に至っては、関係文から先行詞へと遡っているうちに、自分がどこを訳しているのか見失ってしまう始末。 すると先生の右手の指がカタタッ、カタタッっと机を弾く。さっさと続きを訳しなさい、の合図だ。

 散々なデビューの読書会だったが、あの独特の緊張感が病みつきになったのか、 毎週金曜日の夜は睡眠時間を削って準備することとなった。 岩ア先生は『独和大辞典』、『ドイツ語不変化詞辞典』、『ドイツ語副詞辞典』など、 たくさんの辞書をお作りになった方だから、それらの辞書を引くことを怠るわけにはいかない。 一方で、「君は日本語の辞書しかお使いにならないのですね」と上品な口調で皮肉たっぷりのご指摘いただくこともあるので、 独独辞典にも手を伸ばさざるを得ない。その結果として、文学作品を読むというよりは、 むしろ辞書を読む習慣が身に染み付いてしまった。あれから10年以上が経ち、 今ではドイツ語の専任教員として学生の前に立っているが、「辞書は読むものですよ」なんて偉そうに言っている。 もちろん、岩ア先生の受け売りだ。

この読書会の素晴らしさは、岩ア先生はじめ参加者全員の学問に対する真摯な態度、 そしてそこから生まれる公平性にあった。わざわざ土曜日の午前中に、難解な文学作品について意見を戦わせる人たちである。 ドイツ語を正確に読めるようになりたい、ただその一心のみで集っているのだ。 先輩と後輩の間に横たわる垣根は一時的に取り払われ、目上の方であっても、 誤読された場合は遠慮なく自分の意見をぶつけることができる(無論、ぶつけられることもある)。 このような雰囲気が醸成されたのも、岩ア先生が誰も届かない高みから、私たちを見守ってくださっていたからであった。 たとえ参加者の意見が真っ二つに割れたとしても、生き字引の先生が誰よりも正確な判決を下してくれるという安心感があった。 こうして読書会で鍛えていただいているうちに、岩ア先生が指で机を弾く回数は徐々に減っていき、 半年ほど経った頃であろうか、読み終わると「いいでしょう」というお言葉を頂戴した。 この瞬間の嬉しさったらなかった。例えるなら、厳しい父親に生まれて初めて褒められたときのような気持ち、とでも言えようか。

 私は2007年4月から非常勤講師として土曜日も教壇に上がることになり、 残念ながら読書会を去ることになった。計8作品の原典講読を通して、ドイツ語の読解力の向上だけでなく、 学問の探求者としての姿勢を大いに学ばせていただいた二年間だった。 岩ア先生は目標にさせていただくにはあまりに大きいが、 しかし一人の研究者として憧れを抱かずにはいられない存在であり続けるだろう。

厳格に、真摯に、そして公平に。授業に向かうとき、私はいつも心の中でこう唱えている。


岩ア先生ご夫妻と筆者



マインツから
寄稿「多数派?少数派?」

これまでのマインツからは、こちら からご覧頂けます

会員 長谷川 孔一郎


最近よく「多数派と少数派」について考えています。

私は幼少期から他人と比べて変わっていました。というよりもむしろ変わっていたかったということを記憶しております。 悪く言えば目立ちたがり屋だったのかもしれません。ただ、成長するにつれ「恥じらう」ことを覚えました。 そしていつからか他人と違うことでいることに息苦しさを感じるようになりました。それは学校で、街で、電車で、 様々な場所での普段の生活に感じました。 他人と違うことは間違っていることなのではないかと無意識のうちに意識するようになりました。

当時のことはあまり正確に覚えてはいませんが、自分の中にまだ他人とは変わっている自分がいて、 そこから抜け出したかったのかも知れません。その思いが導いた結論として、“外国に行く“ことだったのだと思います。 なぜドイツになったのかは以前の寄稿文で書きましたが自分でも分かりません。 ただ、日本から脱出して(良いい意味で)他人と違っていても良いと言う事の証明を得たかったのかも知れません。

そして高校を卒業した春、ミュンヘンへ1年間の語学留学をしました。その1年で感じたのは自由でした。 周囲とは合わせずに、自分がやりたいようにやれる。それどころか周囲と違っていないと埋もれてしまう。 ドイツ人の多くは傾向として、自分の考えを強く持ってる国民です。 それも若い頃から家庭や学校でトレーニングされてきているので自分は何が好きで何が嫌いなのか、 何をしたくて何をしたくないのか、当たり前のことではありますが自分で理解していて、 周囲の意見に関係なく自分の意見を主張します。

確かに、日本はとても素晴らしい国です。周囲に気遣い、他人の心を言葉を交わさず理解しようとします。 そして自分の意見より協調性を大事にします。ただ他人に気を遣うが故に自分の意見が言えなかったり、 もしくは全く無かったり。そして多数が正しくて少数は間違ってるとも捉えられます。 多数に属してないことは間違いであり、正されるべきと判断されることもあります。 少数派だった私にとってはそこでの生活は辛さがありました。ドイツでの生活はそれを変えてくれるものでした。

しかし、日本にいた頃少数派だった私は「多数、少数」の考え方の存在に賛同できず、ドイツに来ました。 必ずしも多数が正しく、少数が誤りだとは限らないと考えていたからです。 そして今協調性よりも個人が大事という考え方が多数であるドイツにいることで精神的に安らぎを覚え過ごしやすさを感じています。 これは少数派であった私が結果的に多数派を求めたことになり、矛盾していることになるかも知れません。 ドイツで協調性を大切にするあまり自分の意見を言わず周囲に合わせるというのは少数派です。 ここではそれは間違ってると捉えられがちです。

ドイツで求められるのは多様性で画一性ではありません。アルバイト先の社長にこの話をしたところ、 ドイツで多様性を構築しているのはドイツに来た外国人で、彼らがドイツ人と共に多色の虹を作っている。 外国人が居なければドイツの虹はただ一色の弧になっていたのかも知れない、と言っておりました。 その言葉通りであれば、本当の意味で少数が認められる国や地域はなく、集団生活の性なのかも知れません。




劇場だより その8

これまでの劇場だよりは、こちら からご覧頂けます

ブレーマーハーフェン 志賀 トニオ氏




快傑ゾロの舞台

今シーズンが始まってから2か月が経ちました。先週、バレエのプレミエがあり、すべての部門の最初の演目が出揃いました。 今回はオペラ部門最初の演目、”ゾロ”について詳しくお話ししましょう。

ここブレーマーハーフェンの劇場ではミュージカルでシーズンの幕を開けるのが伝統となっています。 シーズンを通し20回前後上演され、ほぼ毎回売り切れになる重要な演目です。怪傑ゾロが覆面を付けて登場し、 悪者達を見事な剣さばきで倒していく物語です。そのミュージカル版という事で、 音楽はフラメンコギターとしゃがれた歌声で一世を風靡したジプシーキングというグループのナンバーが中心です。 日本でも大ヒットし、ビールのCMに長い間使われていたので、きっとどこかで聞いた事があるでしょう。 そのジプシーキングの大ファンである劇場の支配人自らの肝いりで上演される事に決まり、彼自ら演出を手掛ける事になりました。 スペイン語に堪能な支配人は、ジプシーキングのナンバーを何曲も暗譜で歌える腕前。 しかし、実際に上演するとなると幾つかの障害がありました。オーケストラの編成はギター4人、トランペット2人、キーボード2人、 打楽器2人。一番の問題はフラメンコギターを弾ける奏者を4人見つける事でした。 ジプシーキングの演奏は訛ったスペイン語の歌とジプシー風のフラメンコギターが特徴ですから、 その特異な様式を体現できなければいけません。そこらじゅう探した結果、 ブレーメンを中心に活動するプロのフラメンコギターのグループが採用されました。 しかし、リーダーの奏者以外はコードネームから弾く経験しかなく、音符を読む事ができない。 メンバーの多くがスペイン語しかできず、ドイツ語でコミュニケーションが取れない。 当然指揮に合わせて演奏した事はない。結局彼等はこのプロダクションの為に、楽譜を読む練習をし、 指揮に合わせて演奏する術を少しづつ身に付けていきました。そんな彼等との印象的な稽古の一コマ。

ギタリストの一人が声を上げ練習を止めました。"我々のスタイル(演奏様式)と、打楽器のスタイルが違いすぎる。 それはルンバではない!"劇場の打楽器奏者は楽譜に忠実に演奏していたわけだが、どうも具合が悪いらしい。 "僕が演奏してみるから聞いていてくれ"楽譜を渡す我が劇場のプロ奏者。"いや楽譜は読めないからいらない。 僕は演奏する事しかできないから"この名台詞?の後に模範演奏。確かにリズムも感覚もまったく違う。というか、 ギタリストの彼が打楽器奏者としてもプロレベルであることに脱帽。

もう一つの問題は二つのキーボード。上記のようにオーケストラは少人数で、足りない楽器はキーボードで補うアレンジ。 例えばフルートやトロンボーン、鐘の音等をキーボードで演奏するわけだが、どうしても安っぽい音になりやすい。 そこで今回、世界の一流ミュージカル劇場が使用するキーボード、チューナー及びパソコン(マック)のセットをなんと劇場が購入! さすが支配人の肝いり。しかし2台はさすがに買えないので、1台はグランドピアノで代用。 そして公演数が多いため、交代で演奏できるようキーボード奏者を外部から2人採用。 なにせ、パソコンの設定から始めないといけないので、その道のプロでないと扱えません。 しかしプレミエの数日前そのうちの一人が病気になり出演をすべてキャンセル。そこで公演の指揮とピアノパートを同僚達と分担し、 プロダクションを熟知している志賀君にやってもらおうという事になった。さっそくもう一人のキーボード奏者と打ち合わせ。 まずケーブルの差し込み方、パソコンを立ち上げセッティング、ペダル操作による音色変換等、なかなか複雑である。

入念に準備していよいよ本番当日。開演1時間前にステージマネージャーから連絡が入り、本番開始が遅れそうだとの事。 なんとその日は台風が直撃し交通が麻痺してしまったのです。主役級の2人の歌手がベルリンとハノーバーから来る予定が、 電車が止まってしまい、急遽レンタカーで向かう羽目に、、そしてその道路も倒木の影響であちこち通行止め。 イネス役は開演時間の19時半頃に到着しそうで、ラモン役は20時頃にはなんとかつきそうだとの連絡が入り、 結局本番を30分遅らせて開演する事に決定。そしてラモン役は彼が到着するまでの間、支配人自ら代わりを演じる事に。 6曲目の彼のナンバーは間に合わなければカットして飛ばし、その後にある決闘のシーンまでに彼が到着する予定。 このシーンは剣を使って複雑な動きをし、危険も伴うため急遽代わりをする事はできない。 そんなすったもんだに追い打ちをかけるようにすでに会場入りしていた首席トランペット奏者が急病のため出演をキャンセル。 こちらも急遽アマチュアオケでトランペットを演奏している合唱団員が受け持つ事に。 もはや初めてキーボードを弾くという緊張感は吹っ飛び、別次元の高揚感と、支配人自らの演技を見る希少価値も入り交じり公演スタート。 6曲目に彼は間に合わずカット、、そして例の決闘シーンの直前でストップ!ラモン役が到着したからここで休憩を入れますとのアナウンス。 その後は通常の1幕と2幕の間の休憩をカットして無事終演。キーボードもほぼノーミスで終えて安堵し、忘れられない公演になりました。



2017年の夏休み、メンザ


会員 伊藤 志津子


友人と筆者(中央)


古いメンザの大きなコーヒーカップ

今年の夏はスイスのチューリッヒを訪れた。日中は連日30度を超える暑さで、 下着で歩いているのかと振り向くほどの軽装の人が行きかっていた。 チューリッヒ湖やそこに流れ込むリマート川の水辺で泳ぐ人もいた。 チューリッヒ駅正面口を出て左へ、リマート川にかかる橋を渡ると市電停留所「セントラル」。 市電のカナメとなる大切な停留所は大がかりな工事の真っ最中だった。線路ははぎとられ道路の形さえわからない。 歩行者は鉄板の上を歩き、迂回の連続で苦労した。その工事現場の先に目をやると赤いケーブルカーが見える。 ポリバーンだ。「ポリ」は「総合」を意味する。総合大学や総合病院などを表すのに頭に付ける。ここでのポリはETH*のこと。 ポリバーンは大学線とでもいうところである。 ポリバーンは片道乗車わずか5分ほどのケーブルカーで中央駅近くの繁華街と坂の上の大学街を結び、往復している。 片道300円で市電と共通の乗車券になっている。

大学前の出口で外に出ると目前にスイス理工科大学(ETF)がそびえている。 ここでの私のお目当てはポリメンザ、ETHの学生食堂である。 1970年代の古い話だが、私がこの大学で仕事をしていた5年半の間、ほぼ毎日昼食はメンザで食べていた。 美味しい安い、量が多い。若者(私は20代)には魅力の三拍子が揃っていた。 70年の後半に新メンザが出来上がったのだが、それまでは平屋の古めかしい食堂だった。 この大学で学び博士になった学生時代のアインシュタインさんもきっとその古いメンザで食べていたのだと思う。

考えてみれば、「新しいメンザ」もすでに40年も経ていて、現在の学生から見ると「新」とは程遠いものであろう。 入ってみると廊下の階段下にバケツが置かれていた。見上げると雨漏りか、水道管の傷みか、天井が濡れていた。 その現実に納得しながらも、それでも私にはやはり「新メンザ」だった。

さらに進んで食堂に入った。昔と変わらない雰囲気と匂いだ。斜面を利用した建物で、 食堂内部は四層になっていて階段だらけである。お盆に皿やグラスをのせて席を捜す。 手すりどこ?と一瞬思った私は確かにもう若くない。

住み始めた頃、慣れない習慣や物品の相違で戸惑ったことは数限りないが、メンザで苦労したのはその一食の分量だった。 多い。日本から来たばかりの女の子のお腹にすんなりとは収まらない。

山と積み上げられたポムフリッツの上にでっかいブラートブルストが姿のままのる。 ブラウンソースがたっぷりかかって、高カロリー。定食なのでさらにパン、サラダ、デザートが付く。 自分が注文したものを残すのはイヤだった。何よりもまわりの誰もが完食している。 負けず嫌いの私にはそれで十分頑張る理由になった。

皆の食事スピードに取り残されず、しかもひと皿平らげるようになるのに数か月かかった。 話には聞くが胃が拡張することを実体験した。それからはモリモリ、パクパクで、 着る物のサイズが変わってしまった。その後体重は少しずつ元に戻ったが、拡張した胃袋はそのまま今も健在である。 この夏の旅行中も食事を残すことはなかった
古いメンザが閉鎖する時に、不要になる食器やナイフ・フォーク類が20円、30円で販売された。 そのとき買った分厚くて大きなコーヒーカップや古めかしいナイフ・フォークが我が家にまだ置いてある。

皿の大きさが気になりサイズを日本仕様のものとスイスで購入した皿を比較した。 直径22と24、その差はわずか2センチ。ついでにナイフとフォークの長さも同じく2センチの差。 私が闘った“大盛り”には2センチという異文化が存在していた。

メンザは学生食堂であるが一般人も利用できる。価格は学生、職員、一般と分かれていて、 いずれの値段にしても街なかのレストランの約半額で食事ができる。観光客や近所の方々も来ている。

昼食の後テラスでコーヒーを飲みながらチューリッヒの旧市街を見下ろした。 いつ見てもどこを見ても切り取れば絵はがきになるような景色である。

観光案内のようになってしまったが、チューリッヒを訪ねたらお勧めの一か所である。


ポリバーン


1200mにあるレストランで


  *ETH (Eidgenössische Technische Hochschule)
   Poly (旧称, Eidgenössisches Polytechnikum に由来)


湘南オクトーバーフェスト 2017


恒例の湘南オクトーバーフェストが10月15日(日)午後2時半開幕、雨模様の天気にもかかわらず120名が集合、 お馴染みのエーデルワイストリオを迎え、 湘南日独協会混声合唱団、SWZ(歌で楽しむドイツ語)の皆さんも加わり大いに盛り上がりました。


司会は今年も峯松さん、タベアさん、フェストマイスターは西山さん。


プロ―ストは志賀さんご夫妻。





会話も食事も美味しい!


2018年5月18日(金)鎌倉芸術館において湘南日独協会創立20周年、 合唱団アムゼル15周年記念音楽会を開催します。アムゼルは現在練習を重ねています。



鈴木藤沢市長が今年も参加されました


踊りまくる参加者も・・・


司会者も!


笑顔!えがお!エガオ!


lächelndes Gesicht!






ドイツのビールRadebergerが大好評でした。来年を楽しみに!


Deutsche Witze

これまでのDeutsche Witzeは、こちら からご覧頂けます

Ein Förster erwischt im Wald einen Mann, der Brennholz stiehlt. Er fragt ihn energisch: „Was machen Sie denn da?“ Der Holzdieb erwidert: „Ich sammle Futter fur meine Kaninchen!“ „Die fressen doch kein Holz“, meint der Förster. Da antwortet der Mann. „Wenn sie es nicht fressen, dann verbrenne ich das Holz einfach im Ofen!“

林務官が焚き木を盗んだ男を捕まえた。厳しく問いただして曰く、「ここで何をしているんだ?」焚き木泥棒は答えて曰く、 「うちの兎の餌を集めているんです。」「兎は焚き木なんか食わんだろう」林務官は言う。 男は答えて曰く、「もし食わなかったら、オーブンで燃やしてしまいますよ。」
GKK



Copyright(C) 2016- 湘南日独協会 All Rights Reserved.