ベルリンから湘南への架け橋

会員 寺田雄介



ブランデンブルク門前にて


 ベルリンから湘南に帰ってくるというのは、湘南から都内へ引っ越すのとはやはり訳が違う。2年間でベルリンのアパートの部屋に溜まった大量の書籍や雑貨、それらのうちどれを持ち帰り、どれを捨てていくのかを吟味しながらダンボールに詰めるのだが、一つひとつを手にするたびにそこに詰まった記憶が蘇る。住民票からは、ベルリンに越してきて初めてドイツ語を話したときのこと。なんと、僕が最初にドイツ語で会話した相手は、市役所の外国人課担当のおばさんであった。何かと不評の多いドイツの役所だが、幸運なことに僕は手続きに関して嫌な思いをしたことは一度もなかった。そう、日本から来たの。ベルリンには何年住むの?引っ越しで問題はなかった?これがウェルカムマネーの用紙だから、大学で提出しなさいね、などと、まるでホームステイ先のおばさんのように優しく接してもらい、ベルリンに入居する外国人がもらえるという100ユーロをしっかりいただいたものである。しかし、そんな思い出の断片を一つひとつ拾い上げながら作業をしていては、いつまでたっても部屋が片付かない。ベルリンを発つ前日ともなると、心を鬼にして感傷に浸りたがる気持ちを押さえつけ、できるだけ無機質にそして機械的に、パッキングの作業を進めた。そうしてようやく本棚や洋服ダンスの中身はダンボールの中へと吸い込まれ、部屋の様相は2年前にベルリンへとやってきた当時の姿に戻っていく。

 ダンボールを郵便局で発送し、部屋の鍵を大家さんに返してから、2年間通ったフンボルト大学へと足を運ぶ。ベルリンで親身に僕の指導をしてくださったヨーゼフ・フォーグル教授に最後のご挨拶をし、研究の成果をまとめた書類を渡す。数年前に日本でフォーグル先生の論文を読み、是非彼の元で研究したいと願ったのだが、このシンプルな、しかしそれゆえに簡単ではない希望を実現するために、長きにわたって多くの人に支えられたことを僕は一生忘れないだろう。日独の指導教授や先輩研究者、DAAD、現地で出会った数多くの友人たち、ベルリンの独日協会、そしてもちろん湘南日独協会の皆様。気づけばベルリンは僕にとって第二の故郷となっていた。124年前にきっと森鴎外も感じたであろう後ろ髪を引かれる思いで、テーゲル空港へと向かった。

 帰国する直前のゼメスター休みには、アムステルダム、ルクセンブルク、ウィーンと欧州各都市を旅行し、ドイツ国内では、5年に1度の祭典であるドクメンタを見学するためにカッセルへも足を伸ばした。もちろんベルリンでも、数えきれないほど多くのイベントが行われていたことは言うまでもない。残念ながらそれらに言及できるだけの紙面は与えられていないので、これらの美しい思い出はまた別の機会に…とさせていただければ幸いである。

 そうして帰国して間もなく湘南オクトーバーフェストが開かれた。9月23日、小雨の降る中にもかかわらず、湘南グランドホテルには総勢120名以上の参加者が集まった。藤沢、鎌倉両市長および、ドイツ大使館のアウアー文化部長も時間を割いてお越しくださった。会員の鬼久保様たちのアルペンホルン、合唱団アムゼル、エーデルワイス・トリオ…迫力ある数々の演出に我々の「耳」はすっかり虜となり、各ゲストのご挨拶や主催者側の軽妙なトークに会場はどっと沸く。そして頃合いよくサーブされてくるフルコース料理に、今度は「舌」が大忙し。オクトーバーフェストというと、ドイツビールをいかにして味わうかが焦点になりがちだ。しかし湘南の場合は食事にも細かく気を遣われているところが心憎い。そして東京日独協会からいらしたタベア、ラウラ両氏が可愛らしい日本語で司会をすると、男性諸君の「目」は二人に釘付けとなり、ほろ酔い気分も手伝って、もはやノック・アウトである。僕は宴会の終盤になってアウアー文化部長を藤沢駅までお送りしたのだが、その際アウアー氏は終始ご機嫌で、湘南で行われたこのイベントを心より楽しまれたご様子であったことをここに書き添えておく。それにしても、ベルリンに2年も滞在していたにもかかわらず、当地のオクトーバーフェストに足を運んだことは一度としてなかった。もちろんそれはベルリンという街が、ミュンヘンのような保守性を有していないことが関係しているわけだが、いずれにしても帰国したばかりの日本で、ドイツでは耳にすることのなかった “Ein Prosit“ 等のドイツ語の歌を皆様と歌えたのは、非常に愉快なことだった。このような大きなイベントを企画・運営するために、たいへんな準備が必要であったことは容易に想像がつく。何ヶ月にもわたって携わってこられた湘南日独協会の理事の皆様に、また当日のステージで遺憾無くパフォーマンスを発揮されたアムゼル合唱団並びに出演者の皆様に、そして会場に足を運んでくださった参加者の皆様に、ありがとうございます、と心よりの感謝の気持ちを申し上げたい。




松尾鎌倉市長





鈴木藤沢市長





クラウス・アウアー中日ドイツ大使館公使・広報文化担当





総合司会のタベアさん、ラウラさんと峯松さん




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