過去の一言報告
2024.4.18の一言報告:<Das Wandern ist des Müllers Lust>
Das Wandern ist des Müllers Lust,
Das Wandern ist des Müllers Lust, das Wandern.
この有名な歌は1821 Wilhelm Müller作詞によるもので、後にFranz Schubert/ Carl F. Zöllnerがメロディーをつけたものです。
Meister制度には、Lehrling, Geselle, Meisterという区分があり、Geselleは居住地を離れ一定期間、他の親方の下で仕事を学ぶという制度があったようで、こういった職人の遍歴をWalzeというそうです。その起源は、中世、教会建築に携わった石工、鋳物(鐘)職人からと言われています。現代日本の転勤社員も、このように元気溌溂と希望を胸に前向きに任地に向かって欲しいものです。
2024.3.14の一言報告:<Es waren zwei Königskinder>
Es waren zwei Königskinder, die hatten einander so lieb.
Sie konnten zusammen nicht kommen,
das Wasser war viel zu tief, das Wasser war viel zu tief.
Wunderhorn (ドイツ民謡詩集)に収められたこの歌の起源は、5Cの ”Hero und Leander”というVolksballade (物語詩)のようですが、そのお話は;紀元前のギリシャ時代。場所はへレスポント(小アジアとガリポリ半島の間のダーダネルス海峡)。海峡を隔てて建つ2つの城に住むHeroとLeanderは手紙のやり取りから恋に落ち、LeanderはHeroに会うため、Heroの灯す灯を目指して海を泳いで渡ろうとするが、不実な修道女が灯を消し、Leanderは溺れる。Heroは漁師に若者を引き揚げるよう頼み、何度も網が打たれた後、ついに溺れ死んだ若者が引き上げられ、Heroは身を投げ自殺する。黒海からエーゲ海への潮の流れが速いこの場所では、昔から水難事故が多かったのでしょうが、悲しくも美しい恋の歌です。
2024.2.15の一言報告:<Freut euch des Lebens>
Freut euch des Lebens, so lang noch das Lämpchen glüht,
Pflücket die Rose, eh sie verblüht.
1793 スイスの作詞家Usteriと同作曲家Nägeliによって作られたこの曲は、19Cドイツはもとより世界中に広がり、日本でも明治の小学唱歌に収集(「年たつけさ」)され又、現在でも「白バラの匂う夕べ」として歌われています。歌のMottoはNütze den Tag! で、その源はローマの詩人Horatiusの金言「Carpe diem」(=Pflücke den Tag)と言われていますが、このラテン語の格言は、現代ドイツでも街角の日時計や、協会の時計塔の文字など、あちこちで見られます。 哀調を含んだ美しいメロディー。是非ドイツ語でも歌いましょう。
2024.1.18の一言報告:<‘s Feierabend >
Die Sonne steigt hinterm Wald hinab
Rot glänzt der Wolken rut
Ein jeder legt sein Werkzeug hin,
Und schwenkt zum Gruss den Hut.
森の奥に陽は傾き、雲端を朱に染める頃、一日の仕事を終えた農夫たちは、安堵と満足感を胸に家路につく。美しくも平和なそんな光景を歌ったこの曲は、20世紀初め、ドイツの詩人Anton Günther によるもので、その場所は、彼の故郷、Sachsenとチェコ国境のErzgebirgeと言われている。(原初の歌詞は当地の方言で書かれ、題名も“Feieromd“ だった)。心に浸みわたる素朴な美しい歌。多くの人に歌ってもらいたい曲です。
2023.11.16の一言報告:<Stille Nacht, heilige Nacht>
Stille Nacht, heilige Nacht
Alles schläft, einsam wacht
Nur das traute heilige Paar
Holder Knabe im lockingen Haar,
海外移住したドイツ人が移住先で歌い、又、Tauber, Gigli, Domingo等の著名な歌手が取り上げ、更に教会がクリスマスミサ曲に採用した事から、世界で最も知られたドイツの歌となったこの曲。その誕生には面白いEpisodeがあります。作詞者はOberndorf (Salzburgの北)の牧師Joseph Mohr ですが、1818 クリスマスミサの数時間前、オルガンの故障(ネズミが齧ったのか)に気づき、急遽、自分が2年前に作ったこの詩を持って、隣村の友人Franz Gruberにメロディーを付けてくれるよう依頼、Gruberは急遽、ギター曲として作曲したものだそうです。Oberndorf教会は、その後の度々のSalzach川の氾濫で倒壊。1937 その場所にMemorial Chapel (Stille-Nacht-Kapelle) が建てられ、現在は多くの人が訪ねるWeihnachtswallfahrtsortとなっています。
2023.10.19の一言報告:<Mariechen sass weinend im Garten>
Mariechen sass weinend im Garten,
im Grase lag schlummernd ihr Kind,
in ihren schwarzbraunen Locken, spielte leise der Abendwind.
l: Sie sass so still, so traurig, so einsam dort so bleich,
die dunklen Wolken zogen, und Wellen schlug der Teich. :l
作曲者:不明。
1832, Österreichの将校・小説家Joseph Christian von Zedlitz (1790- 1862) 作詞。
当時はMetternischen Restauration (Wien会議1814-5後の、旧体制復活) 時代。世相を反映して、未婚の母親が多く発生、子供を抱え経済的に困窮、社会的にも見捨てられるという状況があり、その問題を取り上げたMoritat (Bänkellieder) 。
感傷的な歌詞の故に、女性達の間に急速に広がった、典型的なKüchenlied。
2023.9.21の一言報告:<Wenn ich ein Vöglein wär>
Wenn ich ein Vöglein wär und auch zwei Flügel hätt`,
flög ich zu dir.
Weil`s aber nicht kann sein, weil`s aber nicht kann sein,
bleib ich allhier.
Weimar四星の一人, 詩人Johann Herderが1778作詞し、Johann Reichardtがメロディーをつけたこの曲 “Wenn ich ein Vöglein wär ” (小鳥ならば)は、日本では1947 詩人・勝承夫(よしお)が“夜汽車”*として歌詞をつけ、小学校の音楽教科書に掲載された。多くあるドイツ起源の翻訳唱歌の一つ。子供の頃、夜汽車として歌っていた方も居られると思いますが、元は恋の歌だったのです。
*「いつもいつも、通る夜汽車、しずかな響き聞けば遠い町を思い出す 」
2023.7.14 の一言報告:<Hohe Tannen>
Hohe Tannen weisen die Sterne
An der Iser wildschäumender Flut,
Liegt die Heimat auch in weiter Ferne,
doch du, Rübezahl, hütest sie gut.
1960 : österreichscher Heimatfilm “Hohe Tannen” の中でErich Storz- Trioによって歌われ、一挙に広がった歌(同名)。歌中のIser川は、チェコ北部、Poland国境のIsergebirgeを源流とする川。南へ流れ、Prahaの北でElbe (Vltava)に合流する。又、Rübezahlとは、 Riesengebirgeに住むという伝説のBerggeist。(Herr der Berge)
・歌われている地域は所謂Sudetenland (Weimar共和国時代のNiederschlesien, Oberschlesien)で、現在はチェコとPolandの国境地帯。Isergebirgeの東隣、Riesengebirgeにはチェコの最高峰Schneekoppe (チェコ名Snezka 1603m)がある。
ww1後の1922, 独・Poland系住民混住のこの地(Sudeten=工業地帯)で帰属に関する住民投票が行われ、独希望6割、Poland希望4割となったが、戦勝国大使会議でPoland帰属と決定され、ww2後にはSudetenのドイツ系住民追放が行われた。
この美しい曲にはこのような悲しい背景があり、故郷を失った人々の望郷の思いが込められています。
2023.5.18 の一言報告: < Frankenlied >
Wohlauf, die Luft geht frisch und rein, wer lange sitzt muss rosten.
Den allersonnigsten Sonnenschein lässt uns der Himmel kosten.
Jetzt reicht mir Stab und Ordenskleid der fahrenden Scholaren.
Ich will zur guten Sommerszeit ins Land der Franken fahren !
大学のような、一か所で全分野が学べる施設のなかった中世では、広い分野を学ぼうとする学生は各地に旅して教えを受けねばならなかったようです(fahrende Scholaren)。 この歌が作られた19C 後半には実際には姿を消していた風習だと思われますが、そんな気分に誘うような、旅に絶好の季節になった喜びの溢れる、明るく活発な曲です。
この歌は又、Franken (Bayern州北部)の非公式州歌となっており、この地方では公式行事の際に歌われることが多いそうです。
2023.4.24 の一言報告: < Steigerlied >
Glückauf, Glückauf ! Der Steiger kommt, und er hat sein helles Licht bei der Nacht, und er hat sein helles Licht bei der Nacht, schon angezünd’t, schon angezünd’t.
既に17Cに記録に現れるこの曲は、現在ではドイツ中の鉱山地域で歌われており、鉱夫にとっては賛歌の性格を持ち、起立して歌われる。各地のBergparadeや、VfL Bochum, FC Schalke04, FC Saarbrücken,等のホーム試合では必ず歌われる。又、SPDの党会議でも演奏され歌われる。
Steigerliedは、Saarlandの隠れた国歌でもある。1920から15年間、Saarlandはドイツから切離され国際連盟管理下に置かれたが、その頃、教師Hanns Maria Luxが昔から伝わるMelodeiに “Deutsch ist die Saar”という歌詞を付け、特に1935.1.13 住民に帰属を問う住民投票の日、拡がった。
戦後、Radio Saarbrückenはこの曲(管楽器演奏)を放送局のID曲として使用した。
2023.1.20 の一言報告
"Die Gedanken sind frei Die Gedanken sind frei, wer kann sie erraten? Sie fliehen vorbei, wie nächtliche Schatten. Kein Mensch kann sie wissen, kein Jäger erschiessen Es bleibet dabei : Die Gedanken sind frei!
1942 Sophie Scholl の父Robert SchollがHitler批判の咎で捉えられた時、Sophieはその牢の外で、この曲をFlöteで奏で、父に届けた。 又、1948.9 Berlin封鎖時、西Berlin市長Ernst ReuterがReichstagsgebaudeの跡地で30万人の市民を前に「Berlinを見捨てるな!」と演説。 その時、市民の中からこの歌が湧きあがった。
18世紀半ば以降、スイス、南ドイツで歌われていた反権力の自由の歌(作詞作曲者不明)。